ここから本文です

2016/11/25

<オピニオン>韓国経済講座 第191回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

  • 韓国経済講座 第191回

◆不正政治か社会正義か◆

 政治と社会正義は古くて新しい問題だ。政治とは、広く知られるように「政を治める」の意である。つまり、国民がどうすれば安心して生活ができるか?を考えて実行することが「政治」であるとされる。これが不正状況にあるのは、国民生活上の課題が正しく取り組まれていないということになる。

 その取り組み主体のあり方には権力の分配、つまり権力への参加に関する度合いがあり、権力が一人の人間の手にある政体を専制と呼び、小グループの手中にある政体を寡頭制といい、権力が広く分散している政体を共和制という。民主的支配は共和制であり、暴政的支配は専制的であると言われる。

 他方、社会正義には二種類あり、一つは「自同律」と呼び、自分あるいは自分が所属する組織の中だけ通用する正義で、もう一つは「相互律」といい、広く社会に通じる社会正義である。例えば、最近問題になっている電通の社員手帳に記されている「鬼十則」と題した社員心得は、会社独自の考え方やその企業の独自の理論であり、ある意味究極の「自同律」かも知れない。

 ところで、朴槿惠政権は当初のビジョンとして「私の夢が叶う国民幸福国家」の創造で、国民一人ひとりが実感できる幸福感をもたらす政治を志向している、として新しい国家の姿を打ち出していた。しかし、こうした主張も今やはげ落ちた感がある。これは本来大統領府が「相互律」の象徴であるべきなのに「自同律」で運営してきたためである。特定の小グループの利益が優先したことが、「相互律」の観点から攻められているのである。

 こうした事例は、実は韓国大統領制には多々ある。例えば、李承晩政権の四月革命はその典型であろう。1948年の制憲議会選挙で初代大統領となった李承晩は60年の「3・16選挙」で四選を目論み本選挙で行われた大規模な不正をきっかけに発生した学生主導による4・19学生革命の大規模デモで、退陣に追い込まれた李承晩はハワイに亡命した。

 李承晩は51年に結党した自由党党首に就任したが、56年の第三選選挙、60年第四選選挙における不正工作・不正投票などが横行し、60年4月の馬山事件の抗議デモをきっかけに反対デモが全国に波及し、60年4月25日には、ソウル大学を中心とした全国27大学の教授団が呼びかけた「李承晩退陣」を要求する抗議デモに呼応したソウル市民3万人が立ち上がった。それを契機に韓国全土に退陣要求の声が広がった。国会でも大統領の即時辞任を要求する決議が全会一致で採択された。このことを受けて午前中に、李承晩はラジオで「国民が望むなら大統領職を辞任する」と宣言し下野した、とされている。

 現状と比べるために少々くどい説明となったが、こうした不正政治と社会正義の相克は、これまで歴代大統領辞任後に逮捕、収監が繰り返されてきた。いずれも政権就任時の「自同律」、つまり内輪の正義が、「相互律」という外に通じる社会正義に成敗された結果である。

 朴槿惠大統領の旧知の親友、崔順実氏が法人に資金集めの指示をした疑惑で、側近の逮捕者まで出している。さらに重要なことは、国政情報を一般人である彼女に伝え、意見を聞いていたと言われていることは極めて重要な違法行為となるであろう。不正介入疑惑や不法資金問題に怒りを爆発させている国民の背景には、「国民幸福国家」とは程遠い暮らしがある。

 朴政権になってからの労働・生産関係を見ると、時間当たりで見た労働生産性は対前年度比で見ても16年第2四半期(4~6月)が僅か0・6%上回った以外はすべてマイナスで、毎年生産性が落ち込んでいる状況だ。つまりGDP(国内総生産)が


つづきは本紙へ


バックナンバー

<オピニオン>