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2019/03/22

<オピニオン>韓国経済講座 第215回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 筆頭理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 筆頭理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県横浜生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学教授。アジア経済文化研究所筆頭理事・首席研究員、育秀国際語学院学院長。

  • 韓国経済講座 第215回

◆手が届く?◆

 キャッチング・アップゲームが逆転する。はるか遠いところから鬼が追いかけてきてもうすぐ肩をつかまれて前へ出られて、今度はこちらが鬼となり追いかける立場になるが、マラソンレースでも一度抜き去られると離されていくのが通例だ。こんなことを連想させるのが日韓の経済成長力の変化である。

 1月22日韓国銀行が発表した『18年第4四半期及び年間国内総生産(GDP)』速報値では、韓国の年間実質GDPは前年比2・7%成長し、18年1人当たりの名目国民総所得(GNI)は3万1000㌦を超えるものと推定されると言う。GNIが3万㌦(PPP基準)を超える国は17年で40カ国に達するが、このうち一定の国民経済規模を持つとされる人口5000万超え国家は、6カ国しかない。それらを「30―50クラブ(1人当たりの国民所得が3万㌦以上で、人口5000万人以上の国のグループの通称)」と呼ぶが、それは公式名称ではなく特定水準を満たす国々を「~クラブ」というカテゴリーで括る方式で呼称した一般表現である。18年に国民所得3万㌦を超えた韓国が世界で7番目に「30―50クラブ」に加入したとされ、韓国経済が実質的統計に基づいた先進国家となったことが報道された。ちなみに、韓国より先に「30―50クラブ」に加入した国は、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、日本の6カ国のみで、このうち日本が最も早い92年に3万㌦を超え、次いで米国とドイツが96年、英国・フランスは04年、イタリアは05年に3万㌦を達成している。

 こうした韓国の成長力の速さは、戦後からの先進国の中に貧困国からスタートした韓国の成長力の速さ・強さが示されている。例えば、60年代の一人当たりGDPの日韓の格差を見ると、日本が韓国の9倍、韓国は日本の11%しかなく、日本のはるか彼方に韓国があったものの、18年では1・2倍、84%にまで迫っている。この事実は、日本との経済格差が20年代には逆転するという意見を支持している。こうした事実に触れた多くの識者が指摘しているのは、この数値と経済実態との乖離、すなわち平均的数値で表す経済水準が国民経済水準の一部しか表していないことである。識者のみならず韓国のネット上での様々な意見も懐疑的で、例えば「庶民は暮らしが厳しい。政府の人だけが3万㌦時代なのだろう」といった声に代表される。つまり富める者はますます富み貧しいものはますます貧しくなる、という言い古された格差表現が当てはまっているというのだ。

 韓国の成長方式は、広く知られるように外向型、すなわち輸出主導成長であった。外需先行内需後行によって工業化を達成する中で、外需雇用(輸出企業の雇用)、外需賃金が拡大し、内需所得(内需向け企業の賃金)格差を生み出してきた。こうした方式は財閥輸出企業の活動領域と生産連関を広げながら彼らが国家の発展をけん引してきた。こうした成長方式は成長領域と非成長領域の格差を広げ、少数の財閥と多数のその他企業という構造を定着させ、一部成長領域の大規模発展が国民経済全体を引き上げる構造を生み出してきた。これは今に始まったことではなく、民族的な構造であるかも知れない。例えば、歴史的構造としての李朝時代の両班と奴婢・賎民の構図は、現代的構造では財閥・高官と庶民の構図に比肩し、権力権限を持つ者とそれを受ける者の対峙がそこには共通する。言い換えると、貧富の分布を示す所得格差として高所得者と中低所得者の対峙構図となる。

 話を元に戻そう。「30―50クラブ」に加入したとはいえ、


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