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2002/09/06

<在日社会>静かなブーム鄭明勲

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 韓国が生んだ世界的指揮者、鄭明勲氏によるベートーベンの第5番「運命」の演奏会が3日、東京・初台の東京オペラシティで行われ、見事な演奏で観客を魅了、スタンディングオーベーションを受けた。その前の8月30日には東京国際フォーラムで日本の小中学生向けにやはり第5番を演奏している。鄭氏の音楽世界とは何か、また日本の子ども達にクラシック音楽の魅力をどう伝えようとしたのだろうか。

 鄭明勲氏が東京フィルハーモニー楽団のスペシャルアーティスティックアドバイザーに就任して1年余。クラシック音楽でもっとも有名なベートーベンの世界に挑む「ベートーベン全曲演奏会」は、6月の第3番「英雄」からスタートした。

 第3番の演奏会でも絶賛を浴びた鄭明勲だが、第5番は鄭氏がクラシック音楽に目覚めるきっかけとなったという曲だけあって、音楽作りに一際力が入ったという。その鄭氏の音楽世界とは何か。

 音楽評論家の宮澤昭男氏は、「鄭氏がスペシャル・アーティスティックアドバイザーに就任してから、東京フィルは大きく変わった。短期間でこれだけ演奏能力が上がったことに驚く。87年9月にベルリンで初めて鄭氏の演奏を聞いた。ショスタコービッチの交響曲第5番だったが、とてもすばらしく、こんな指揮者がいるのだなと思った。鄭氏が指揮をすると、ドラスティックで現代的な演奏に変わる。ベートーベンの第5番はだれでも知っている普遍的な曲だが、今回、コントラバスを10本並べ、金管やホルン、フルートもよく響かせるなどの音の工夫をし、現代的で新しいベートーベンを出している」と話す。

 さらに「韓国人と接すると、顔は似ていても文化の違いを感じることがよくある。韓国人には精力的なイメージがあるし、民族的なリズム感もテンポがいいが、それが演奏に出ているのではないか。楽団員も感動しつつ演奏している。ドイツの伝統を重んじたオーソドックスな第5演奏会と比較すると批判的な意見も出るかもしれないが、過去のスタイルにとらわれず、いまの私たちに通じる新しいベートーベンを生み出している。手法としては表現主義だ。いままでのクラシック音楽のイメージを変えるもの」と語った。

 音楽会に出席したクラシックファンの日本人夫婦は、「弦を完璧に統率しているのに驚いた。次の演奏会も楽しみ」と感想を述べた。

 鄭氏は「ベートーヴェンは音楽に全てのエネルギーを注ぎ込んだ人。そのエネルギーを追いかけていくのが指揮者の役割」としている。

 「こども音楽館」に参加して「運命」を聞いた子どもたちからは、「手の力で『運命』を表現していたのが心に残りました。指揮者の手の動かし方や力のつけ方で楽器の音も変わってくることがよくわかりました」(男、中学生)、「コントラバスがとても大きくてビックリした。フルートの音が気に入りました」(女、中1)、「第一楽章がきれいだった。100回以上も書き直したのがびっくりした」(男、小3)、「とてもすごかったです。音楽でいろんな気持ちが伝わってきました」(女、小6)など多数の声が寄せられている。

 「オーケストラは音楽を演奏するだけでなく音楽を通じて社会に貢献する使命を持つ」と強調する鄭氏。2003年までかかるベートーベンの全曲演奏を通じて、日本の音楽ファンに、さらに熱く語りかけてくれそうだ。