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2003/08/22

<在日社会>焼肉協会の新井泰道会長 焼肉の魅力を激白

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    あらい・たいどう 本名=朴泰道  1942年横須賀市生まれ。中学卒業後、新宿の焼肉店「明月館」で修行を始める。独立後76年六本木に「叙々苑」1号店を開店。84年に株式会社叙々苑設立。現在店舗数は首都圏を中心に33店。すべて直営。従業員1500人。年間400万人が訪れる。2002年度決算の売上高は121億円。2003年5月、全国焼肉協会2代目会長に就任。

 8月29日は「ヤキニク」の日。在日同胞が編み出した焼肉は、市場規模が約1兆円に拡大、日本の食文化の中で欠かせない存在になった。狂牛病事件もはねのけ、日本の焼肉から世界の焼肉へと海外進出の動きも活発化している。この焼肉産業の発展に貢献しているのが農林水産大臣認可の事業協同組合「全国焼肉協会」だ。焼肉業界初の全国組織であり、横の連携を可能にし業界近代化の旗振り役を担っている。夏バテを吹き飛ばす同協会主催の「焼肉まつり」もすっかり定着した。今年2代目会長に就任した新井泰道氏(叙々苑社長)に新会長の抱負、焼肉の魅力、海外進出に動き出した焼肉産業の今後などを聞いた。


 --「焼肉まつり」はすっかり定着していますが、効果のほどをお聞かせください。

 お客様に対する感謝の気持ちで始めたが、くじ引きなどの楽しみもあって評判がいい。この時期になると各店が趣向を凝らし、「今年は何をしようか」と焼肉店側が結構楽しんでいる。アイデア募集などを通じて従業員とのコミュニケーションが図れ、店中を活性化する効果を生んでいる。そういう意味で「焼肉まつり」は、消費者へのためばかりでなく、店側にとっても意義あるイベントだ。
 当店(叙々苑)では、芸能人ゴルフ選手権を主催していて、今年(11月10日、総成カントリー)で4回目になる。来年正月に単独スポンサーで2時間テレビ放映(東京テレビ)する。特に、今回は芸能人の大物や女子ゴルフでナンバーワンのアニカ・ソレンスタムもプレーするので話題性が高い。従業員から「焼肉まつり」の商品にという提案があり、200人のお客さんに抽選で当たり券を出すことになった。これも「焼肉まつり」というイベントの効果だ。
 この「焼肉まつり」は何年も実施してみて、売上が増えるなど目に見える効果もあるが、業界の活性化が図れたことが大きいと思う。


 --全国焼肉協会も11年目を迎えました。江崎政雄会長の後を受け2代目会長に就任されましたが、今後どんな活動を展開していきますか。抱負をお聞かせください。

 前会長と一緒に協会を立ち上げたので会長の苦労もよく知っている。それを継承すると同時に、また新しい挑戦をしていきたい。恐らくこの10年間、全く交流のなかったところから、老舗中の老舗「食道園」(江崎前会長経営)や私とか九州、北海道の経営者が集まって交流するとは思ってもみなかったことだろう。
 この交流の結果、関西はこういうやり方をしているとか、関東はどうだとかいう様々な情報が入るようになった。そういった意味で非常によかった。狂牛病事件の打撃もはね返した。焼肉は国民食として大衆の中にしっかり浸透しており、先の世界水泳選手権の平泳ぎ100、200㍍で金メダルを取った北島康介選手は日本に帰って来て「焼肉が食べたい、タン塩が食べたい」と述べた。彼の実家が肉屋だということもあるが、彼の発言は焼肉がエネルギーの源であることを証明している。
 一方でここ数年、上海や北京、フランス、豪州に出店するなど今や世界を股にかける経営者も随分出ており、今後海外に出ることが非常に多くなるとみている。
 このように振り返ると、焼肉業界はここ10年間で目まぐるしく変化したと実感できる。最近は韓国からこちらに研修に来るケースも増えている。焼肉は在日が編み出したものであり、誇りを強くした10年であると感じている。


 --狂牛病事件から2年、現在の焼肉業界への影響はまだ残っていると思います。業界全体のイメージ回復のため何が必要だとお考えですか。

 狂牛病の影響だけで客が来ないというのは100%ないと思う。ただ、いまだに客が戻っていない店もあるのは、それは狂牛病というより不景気の影響が大きいのではないか。狂牛病も大変だったが、魚にも野菜にも売れない時期はあった。みんな一度ははしかにかかっている、と思うべきだ。そのことで自分を見つめ直し、メニューが豊富になった店もあったと聞く。必ずしもマイナス材料ばかりではなかった。


 --最近、健康ブームの一環として肉食を抑える風潮があるといわれます。対応が必要では。

 私に言わせれば程度の問題だ。毎日脂っこいものばかりを食べていたら身体の具合も悪くなる。一方で、肉を全然食べない人と適度に肉を野菜と一緒に食べる人を比べたら、後者の方がいいに決まっている。偏るからいけないのであり、平均的に肉も野菜も食べていたら問題はないと思う。
 韓国料理では野菜が豊富だし、食べ方もうまい。韓国は野菜の国であり、その韓国が生み出したビビンバは栄養学的に言って5大栄養素が入っていて、100点満点の料理だと言われている。当店のコース料理はすべて伝統的な韓国料理であり、書物なども活用して韓国料理のルーツの掘り起こしを行っている。


 --輸入牛肉に対して関税率が引き上げられました。焼肉店にも大きな影響があると思われますが、協会としてはどう対応していく考えですか。

 行政は生産者サイドに目が向いており、消費者の側に立ってくれない。しかし、今回の決定に対して、協会にはまだロビーできる力もないので対応のしようがない。安売り店も薄利がさらに薄くなるのに耐えられず価格に転嫁せざるを得なくなると見ている。
 しかし、確かに安さは魅力だが、焼肉はそんな薄っぺらな魅力ではない。私たちが心掛けているのは、値段が少々高かろうが、お客様に見捨てられないだけの美味しさを提供することだ。そのための努力を傾けることに徹することだろう。


 --協会は5年前に農水省から正式な認可を受け事業協同組合となりましたが、これによりどんな効果がありましたか。また、協会を今後どんな組織に発展させていくお考えですか。

 認可を取るまでは手弁当で様々な努力をしてきた。一番大きいのが料理の講習会だ。最近ではカードの手数料。通常だと6%取られるが、当協会に入会すると3・6%以下で済む。それが浸透しだして、入会者数が増えてきた。入会するには1店舗3万円かかるが、それ以上の節減効果があるからだ。焼肉業界は最終的に現在の2倍の4万店まで増えるという試算があるが、日本人経営者も増え業界は活性化している。現在1400店が協会に加盟しているが、私の任期中に加盟店を全体2万店の1割までには伸ばしたいと考えている。


 --会長は叙々苑の経営者としても業界のリーダーです。叙々苑の1人当たりの客単価は業界1で、品質管理は大変厳格なことで有名です。経営哲学をお聞かせください。

 寿司、ステーキなど他の高級料理店にも納得して好んで行く人がいる。焼肉業界は最初、食堂として発展してきた。食堂はただ安くてうまければよくて、夢がなくてもいい。またお客さんも安くてうまいものを欲してくる。従業員も運べばいい。だから安い。お客さんも安いから文句を言わない、ということが長く続いた。
 ところが、人間にはTPOというものがある。生活に余裕が出てくると、年に1度の誕生日だとか、結婚記念日などではちょっとおしゃれをして、ちょっと無理をしてもいいから贅沢をしたいという心情になる。そう思った人たちはいつも行く食堂には行かず、美味しさもさることながら夢を求めるものだ。
 私は夢のある焼肉店を作りたかったし、そういう店があってもいいと考えた。今でもちゃんとした個室があって接待に使える焼肉店はほとんどない。游玄亭はそこから始まった。お客さんの要求、要望に応える店というのが信念だ。
 私は、「うちは焼肉のエルメス」とよく話す。私は色々な店があってしかるべきだと思っている。コース料理2万円の店があってもいいし、一方で5千円の店があってもいい。お客さんがそのときどきに応じて店を選んで行けば全部成り立つのではないか。現在1店舗当たり売上は4億円で業界平均の4倍近い。
 18年前に六本木店を始めた頃、田舎から親が来るので予約したいけど個室はないかという問い合わせが多く、そこで個室を作ろうと考えた。そうしてだんだんとお客さんの要望に合わせていったら、今日の游玄亭が出来上がった。
 お客さんが何を望んでいるかをキャッチすることが大切だ。高くてもいいから美味しいものを食べたい、少量でもいいから美味しいものを食べたい、そう望む人は多い。逆に少々サービスが悪くても量の多いのを食べたい元気な人はそういう店に行けばいい。こういう棲み分けができるのだ。
 カクテキ1個100円なので三角形のような半端なものを出したらお客さんに怒られる。高くても価値あるものを提供する。だから品質管理は完璧を期している。美味しくないから今日は半額というわけにはいかないだろう。
 叙々苑が今日あるのは他の焼肉店の何倍も努力をしてきたからだと自負している。お客さんに喜んでいただくのがわれわれの仕事であり、商売はお客さんに喜んでいただいて利益を得ることだと思う。利益を得ないと従業員を幸せにできないし、いい料理も提供できないと信じている。


 --若手経営者の育成にも熱心ですが、彼らにどんなことを伝授する考えですか。また、業界発展のためどんなことを期待していますか。

 在日の2世、3世は1世に比べてハングリー精神が弱いのではないか。この世界に入ったからにはプロに徹して片手間でやってほしくない。1つの仕事に打ち込んで貫いてほしい。私も中卒で1つの仕事を続けてここまできた。「畜生、今に見ていろ」と歯を食いしばって頑張ってきた。


 --会長は焼肉一筋の人生を歩んできましたが、ずばり「焼肉の魅力」とは何ですか。

 世の中で一番美味しいもの。この美味しさを知らない人は不幸だ。人間はまず美味しいものが食べたいが、私は世界で一番美味しいものは牛肉だと思っている。その中でも和牛が一番美味しく、和牛に敵う美味しいものは世の中にはない。栄養豊富でうまくて飽きがこない。
 そのうまい牛肉をうまく食べる方法は在日の編み出した網で焼く焼肉だ。網で焼くことで余分な脂が落ちて体にいいのはもちろんのこと、味付けのヤンニョン(薬念)の味はどの国の人にも好まれる。なぜなら、焼肉以上に牛肉を美味しく食べさせる方法がほかにはないからだ。
 それと、焼肉の発展はキムチなしには語れない。キムチのない焼肉を想像できるだろうか。この肉とキムチが一体となって人々のエネルギー、健康の元となり、また味覚を楽しませてきた。在日1世たちが残した焼肉という食文化を継承・発展させることはわれわれの使命だと考えている。