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2007/09/28

<在日社会>在日新世紀・新たな座標軸を求めて④                                                 ― 年間100の講演こなす人材育成のスペシャリスト 辛 淑玉さん ―

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    シン・スゴ 1959年東京生まれ。在日3世。85年人材育成会社「香科舎」設立。96年人材育成技術研究所開設。大学、ビジネススクールなどで講義、公開講座を担当。テレビでも活躍。改正均等法をベースにした人材育成、人権に関わる研修・講演を受け持つ。著書多数。近著に「悪あがきのすすめ」(岩波新書)、「怒らない人」(角川書店)。

 26歳で人材育成コンサルタントの会社を始めて22年が経った。日本の一流企業の社員研修を数多く引き受ける一方、ビジネスショーや地方博、万博などのパビリオン運営・人材育成・研修も手がける。発足当初は女性社員向け研修が主だったが、最近はセクハラ、パワハラを社内で起こさないための管理職研修、教材製作などがメインだ。

 「在日は日本人の2倍、女は男の2倍、4倍働いてやっと認められる。そう覚悟して働いてきた」

 企業の予算削減でコンサルタント業の需要規模は減っているが、辛淑玉さんのパーソナリティと人権感覚を大切にした研修は評判が高い。

 「人権意識は欧米などではすでにビジネスマナーとなっている。社員の意識改革はリスクマネージメントにつながると、企業側が理解するようになってきた」

 講演の依頼も多く、現在、年間約100本をこなす。一方で、作家の中山千夏さん、朴慶南さんらと2005年に「おんな組いのち」を立ち上げ、反戦・反DV・反死刑の運動を展開している。在日の未来にも、常に思いをはせる。

 「在日社会の枠は広がっている。どこからどこまでを在日と呼ぶのか。これまでの在日社会は、国家や組織の枠で『在日』を考えてきたのではないか。日本社会以上に在日社会が異端に対して排他的な面を強く持ってきた。民団や総連は組織外の人間には無関心で排他的だった。それでは在日の解放を担うことはできない。いまの組織の疲弊は当然の帰結だ」

 「父が在日コリアン、母がアイヌ民族で、自己のアイデンティティーをどこに置けばいいのか悩んでいた知人がいた。地域や家庭で孤立状態の在日をどうフォローしていくか、そういう視点が大切だし、早急に取り組まないといけない」

 学ぶことの出来た在日は、ある意味で特権階級であるからこそ、情報も得られず、声すらあげることができない人たちの前に出て、社会を変える責任がある、と辛さんは強調する。

 辛さんがいま最も力を入れているのが、「被差別日系研究所」の創設だ。「被差別日系」とは、日本帝国主義による領土拡大や戦後米国の日本占領政策の結果、抑圧と排除の対象とされ、今なお社会的復権が認められずにいる人々の総称。04年、米国人権活動家の金美穂さんが提唱し、国際的な人権活動の中で使われ始めたことばだ。

 「米国で金美穂と出会い、『被差別日系』という考え方を聞いて、とても納得するものがあった。日本の植民地支配下に置かれた朝鮮人、アイヌ、琉球民族などとは異なる、被差別部落民などの社会的弱者も、『日本人』を定義して来たものから排除され差別の構造下におかれた被害者だから、被差別日系に入る。被差別民が自らの力で再生し、普遍的人権の奪還を目指すため、国際ネットワークを構築したい」

 辛淑玉さん、金美穂さんに、部落差別と闘う岸本真奈美さんの3人が中心となって9月に日米で組織を立ち上げた。今後、韓国の人権活動家にも働きかけて、来年中には韓国支部を発足させる予定だ。在日の協力者も積極的に募りたいという。

 「よく人を教え導こうとする“在日エリート”がいるが、それは間違いだ。私は自分の生き方をただ示せばいい。本名を名乗れと在日に言うのではなく、構造的差別の残る日本社会を正していくことが大切だ。だから私は闘いの先頭に立つし、一生、人権活動に取り組んでいく。被差別日系研究所は、抑圧の構造を歴史的に検証していくことからスタートする。奴隷構造の固定化(支配と抑圧の連鎖)から脱却するためには、普遍的人権の視座に立ち、生活の場から被差別者自らが力を醸成し、改善を進めていかないといけない。そのための具体的な方法を探りたい」

 活動の原点は幼年時代にある。東京の貧しい家庭に生まれ、いじめや民族差別の中で育った。負けん気の強い辛さんは、やられたら必ずやり返してきた。兄がいじめられて帰ってくると、その相手に仕返しに行ったこともある。激しい差別を受けてきたからこそ、被害者の苦しみがわかる。

 「差別、暴力は絶対に許さない。納得できないことは怒りを持って最後まで正していく。それが私の生きる力になっている。おめおめと引き下がるわけには行かない」