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2009/05/15

<トピックス>「世界卓球選手権」観戦記                                                        大島 裕史さん(スポーツライター)

  • 「世界卓球選手権」観戦記

    熱戦を繰り広げた金璟娥㊨と朴美英

 卓球のワールドカップといわれる「世界卓球選手権」がこのほど、神奈川県横浜市の横浜アリーナで開かれ、連日熱戦が繰り広げられた。世界の卓球王国・中国の牙城に迫った韓国チームの戦いについて、韓国スポーツに詳しいスポーツライターの大島裕史さんに観戦記を寄せてもらった。大島さんは、「韓国チームは世代交代を進め、伝統の粘りにパワーと技術を加える必要がある」と強調した。

 4月28日から5月5日まで横浜アリーナで世界卓球選手権が開催された。日本で同大会が開催されるのは6回目。ピンポン外交で知られる71年の名古屋大会当時は、南北の対立が最も激しい時期で、韓国選手団のホテルでは総連の妨害に備え、民団関係者がガードをしたほどだった。その20年後の千葉大会では、史上初の南北統一チームが実現し、祖国統一への思いを世界にアピールした。

 あれから18年経った今大会には、北朝鮮は選手を派遣しなかった。その一方で韓国選手団には、唐汭序(イェ・タンソ)、石賀浄(ソク・ハジョン)という2人の中国からの帰化選手が加わった。中国出身選手の活躍は世界的傾向であるが、単一民族意識が強い韓国では異例のことで、ここにも朝鮮半島情勢や韓国社会の変化を感じさせた。

 女子シングルスでは、世界ランク25位(大会時、以下同)の唐の活躍が目覚ましかった。4回戦では18位のリ・ジャオ(オランダ)に4対3で逆転勝ちし、ベスト8に進出した。試合後女子代表監督の玄静和(ヒョン・ジョンファ)は、「唐汭序の粘りはすごい。完全に負け試合をものにした」と称賛した。

 粘り強さで観客を沸かせたのは、世界ランク8位の金璟娥(キム・ジョンア)・20位の朴美英(パク・ミヨン)組による女子ダブルスだ。特に朴美英は5月2日、女子シングルス4回戦で世界ランク6位のフェン・ティアンウェイ(シンガポール)に大接戦を演じ、惜しくも3対4で敗れた。試合終了時刻は深夜11時近かったが、翌日午前10時行われた女子ダブルスの準々決勝では疲れ一つみせず香港のペアを圧倒した。

 準決勝では世界ランク4位の郭炎・16位の丁寧組に1対4で敗れたが、カット打法で中国コンビの強打を拾いまくり、3度もジュースに持ち込んだ粘りにスタンドから、大きな拍手が起きた。

 このように健闘した金・朴組であるが、第1ゲームを3対11であっさり落としたことが響いた。とりわけ「カットの女王」として、その守りには定評のある金璟娥が序盤にミスを連発したのが痛かった。

試合後、金は「今までと違う回転をかけてきて、慣れるのに苦労した」と語っている。中国ペアは、パワー、スピード、ゲームを読む力、情報力などすべての面で、他を圧倒していた。

 韓国は73年の大会では、女子団体で優勝している。これは球技種目初の世界制覇であり、韓国がスポーツ強国に躍進する起爆剤になった。その後も87年の大会では女子ダブルスで梁英子・玄静和組が、93年の女子シングルスでは玄静和が優勝している。その一方で北朝鮮もパク・ヨンスンが75年、77年の大会の女子シングルスで連覇を果たすなど、卓球は南北ともに世界レベルにある数少ない競技種目であり、91年の大会では、統一チームが女子団体で優勝した。

 それだけに、3大会連続して全種目を制覇し、男女シングルス、混合ダブルスのメダルを独占した中国が、圧倒的な強さをみせた今大会で、韓国のメダルは、女子ダブルスの銅メダル1個に終わったのはさびしい成績だ。特に男子シングルスでは、03年の大会で準優勝した世界ランク9位の朱世赫(チュ・セヒョク)がベスト8に残ったものの、アテネオリンピックの金メダリストの柳承敏や05年の大会3位の呉尚垠が相次いで2回戦で敗れたのは衝撃的だった。

 今大会健闘した朴美英は、「もっと粘り強くなければ。中国の選手よりもっと」と、韓国らしい粘りの卓球のさらなる強化を誓った。ただそれだけでは物足りないのも確か。大会後、男子監督の劉南奎(リュ・ナムギュ)、女子監督の玄静和はそろって、「ネームバリューより調子のいい選手を代表チームに選抜する」ことを表明、今後世代交代が進むことが予想される。

 若い世代が韓国伝統の粘りに、パワーと技術を磨いて、どこまで中国に対抗できるか。中国の独走を止めるためにも、丹羽孝希、石川佳純ら若手が台頭する日本同様に、韓国も若手の奮起が期待される。


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