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2009/11/06

<トピックス>プロ精神を考える                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。08年度より秋田県学術顧問併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から54回までの記事掲載中)

 韓日間の経済交流が活性化する中、韓国企業で働く日本人技術者やビジネスマンが増えている。本田技術研究所のチーフエンジニアを経て、2004年にサムスンSDI中央研究所の常務に就任、現在は拠点を東京に移し、日本サムスンに逆駐在の形で席を構えた佐藤登さんの異文化体験記をお届けする。

 9月中旬、秋田市において税理士と公認会計士の全国組織であるTKCの東北支部が秋期大学と言う形式で講演会を開催した。今回は秋田がホスト役となって企画したが、そこで4人の講師陣のひとりを務めた。全体では500名規模の大がかりなイベントで、パンフレットも芸術的に作成された。講師陣は他に、大腸癌の世界的な権威である工藤進英医師、コンサルタントで九州大学客員教授の吉村氏、デザイナーの松崎氏という布陣であったが、キーワードは「プロフェッショナル」に設定され、それぞれの立場からプロフェッショナルを議論する場として設定された。

 初日に工藤医師と私、2日目が吉村氏と松崎氏という構成で執り行われたが、特に工藤医師の陥おう型大腸癌の発見に至る研究と検査方法の開発は多くの患者を救う大きな成果をもたらし、世界の大腸癌発見と治療に多大な貢献につなげた。NHKの「プロフェッショナルの流儀」にもスーパードクターとして採り上げられた。

 私は企業のエンジニアとしてどう取り組んできたかという視点、サラリーマン的ではなく、自分の考え方と信念のもとで研究開発に携わった気概、とりわけ前のホンダでの二つの大きなプロジェクトのリーダーを務めた中で培ったプロ意識について解説した。

 とかく、企業人たるもの周囲や上層部と論争をしてまで自分の意思や考え方を浸透させようとする人間は決して多くない。それだけエネルギーを使い、磨り減る自分の姿がちらつくからである。しかし、自分の正しいと考える信念を押し殺して研究開発してもやりがいも小さければ、達成感も空しくなる。それよりは周囲との多少の衝突があったとしても、正しいと信じる方向を多くの人に説明しながら少しずつでも仲間に引き寄せるタフさが必要だ。

 ホンダの創業者である本田宗一郎の語録に、「能ある鷹は爪を出せ」、「技術の論議に上下関係はない」、「会社のために働くな、自分のために働け(結果として会社への貢献になるという趣旨)」などの名言がある。これらを支えにごく自然体でホンダでの研究開発を通じてプロ意識を感じ取っていった。

 このような経験からプロフェッショナルを定義すると、「説得力」、「行動力」、「創造力」、「克服力」、「情熱力」の5つの力と、さらにそれらを向上させようとする「向上力」が普遍的に備わっていることと考えられる。そしてこのバランスも極めて重要である。

 「説得力」は、すなわちプロフェッショナルとしての論理的な説明により相手を納得させる力であるが、一方ではその背後に、頑張れば頑張るほど心的な疲労感が作用し抑制させようとする場合が生じる。「行動力」は自らの率先垂範による実行力でもあり、周囲が認める上での重要な因子であるが、これも行動するほどに身的疲労感によって制動を受ける場合がある。

 「創造力」は新しい扉を開く能力的指標であり、プロフェッショナルを意識させる直接的な要素である。しかし創造していく過程で失敗すると挫折感を味わうことになり、それは目標が高ければ高いほど挫折感がよぎる機会が増してくる。そのような挫折を味わう場合に、プロとして必要な「克服力」が問われる。しかし自信が無いほど無力感が拡大し、克服しようとする力を抑制する。そして誰にも負けない「情熱力」が必要であるが、これも信念が強ければ強いほど孤独感が頭をもたげ、情熱力にブレーキを掛けようとする。すなわち、この5つの力の背後には必ずと言って良いほどの反作用の力が作用している。この反作用力に対してどれだけ勝つことができるかが、プロとしての評価である。 

 一方、韓国でのプロフェッショナル意識は日本よりも顕著のようだ。その最たる例が企業人の習性に見られる。日本では研究開発でも営業部門でも、会社の都合で研究や事業ができなくなった場合、あるいはテーマが中止になった場合に、あまり関係のない他のテーマやプロジェクトに、あるいは他部門に異動させられたりするケースは日常茶飯事である。そのような時に日本人のほとんどはリスクを抱えて拒絶することは稀である。その結果、うつ病になったり出勤できなくなったりなどの弊害も多い。

 これに対して私が直接見た韓国人の場合には、そのテーマやプロジェクトが継続できなくなった場合に敢えて他部門や他のテーマに異動するケースは多くはなく、むしろ自分の保有している専門性をより高めることができるような他の企業や研究機関に活躍の場を求めることが多い。

 これは専門性というプロフェッショナル意識を持てば持つほど強くなり、他へ異動できること、あるいは他からスカウトされることなどがプロフェッショナル意識の現われとなっているようだ。この現象は韓国の大学と大学院進学率、留学率の多さが大きな要因になっていると分析できる。いずれにしてもプロ意識が高いほど拘りも強くなるわけで、これは国や企業文化と国民性によって大きな差があると言えよう。