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2010/12/17

<トピックス>転換期の韓国経済 第11回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

◆FTA推進と農業◆

 2010年12月3日、韓国・米国政府間で自由貿易協定(FTA)の交渉が合意に達した。両国政府は07年6月に署名を済ましていたが、その内容について米国議会から不満が表明され、批准のメドが立たなかったため、再協議が行われた。結果は両国の主張をとり入れた妥協の産物であるが、妥協したことには、輸出の拡大をめざすオバマ大統領、米国との関係強化をめざす李明博大統領にとって、合意という「成果」がなによりも必要であったことが影響したと考えられる。

 今回の再協議での焦点は、韓国政府が①米国に不利な内容とされている自動車分野でどこまで譲許するのか、②牛肉の輸入規制(月齢30カ月以上の米国産牛肉の輸入を禁止)撤廃を求める米国側の要求にどう対応するのかにあった。

 再協議により07年合意では、韓国製乗用車(3000㏄未満)の輸入関税(2・5%)は発効後に即時撤廃される規定であったが、これが変更され、4年間の据え置き後に撤廃されることになった。また一定の条件つきで、米国の安全基準を満たす米国製自動車は韓国での認証手続きを経ずに販売することが認められた。他方、米国製自動車に対する関税も即時撤廃ではなく、発効後即時現行の8%から4%へ引き下げ(4年間維持)、5年目に撤廃することになった。なお、自動車部品は従来通り即時撤廃となる。

 韓国製自動車の対米輸出は現地での生産車種の増加に伴い、今後漸減していく可能性が高い。このため、完成車の関税引き下げ時期の延期は韓国にとって不利益をもたらす。利益の均衡を図るために、韓国政府は米国側から、①米国産豚肉の関税撤廃時期を14年1月1日から16年1月1日にする、②牛肉の規制撤廃に関しては交渉の議題に載せないなどの譲歩を引き出した。その意味では、農産物分野では07年合意よりも韓国にとって有利な内容となった。

 FTAを推進していく上で課題となるのが農業をどう扱うかである。この点で、韓国政府がとってきた姿勢は、①可能であれば例外品目にする、②それができない場合は関税の撤廃期間を長期にする、③関税撤廃の影響を最小限にするために農業への支援を行うというものである。これまでに締結したFTAをみると、コメはすべて例外品目とされたほか、関税撤廃期間はチリとの間ではトマト、キュウリ、豚肉などが10年以内に、米国との間では牛肉が15年以内と規定された。

 国内農業への支援策をみると、04年から10年間に実施される総額119・3兆ウォンの投融資計画とは別に、07年11月、韓米FTAを推進していく補完策として、08年からの10年間に総額20・4兆ウォンの投融資計画が発表された。その主な内容は、①被害品目の競争力向上(生産施設の近代化、ブランド経営組織の育成、流通構造の改善など)、②専業農業者の所得安定および経営規模の拡大、③成長を牽引する食品産業(高品質・エコ農産物の生産基盤拡大、研究機関、大学と食品企業のクラスター形成など)の育成、④効率的な政策支援体系の構築、⑤農業・農村活性化のための制度改善などである。

 韓国では90年代以降、親環境(「環境に優しい」)農業を推進するなかで、農産物の高品質化と輸出の拡大に力を入れている。最近の成功例に、シンガポール向けのイチゴがある。これには、収穫から売り場まで温度を維持できるコールド・チェーン・システムを整備したことが寄与している。輸出の拡大もあり、果物の生産は順調に拡大している(図参照)。

 野菜や果物など輸出拡大が見込めるものとは異なり、畜産、穀物などはいかに輸入品と対抗するかが課題となる。例えば、豚肉に対する関税は、EUとの間では10年以内の撤廃であるが、前述したように、米国との間ではそれよりも早い時期になる見込みであり、チリとの間(04年発効)では13年に撤廃される。残された時間はあまりない。

 安い海外産豚肉に対して、ブランド化や販路の開拓に力を入れながら、国内消費者に品質の高さ、環境・健康への優しさ、高い安全性などを訴求しているが、農家の不安は決して払拭されたわけではない。関税引き下げの影響が当初の予想以上に広がれば、新たな農業支援策の検討も予想される。