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2010/11/19

<トピックス>世界市場を制覇したサムスン                                                       同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 世界市場を制覇したサムスン 

◆巨額の開発投資と人材力が強み◆

 サムスンは電気・電子分野で現在、世界の頂点に立っている。

 09年、半導体DRAM(38・5%)、同NAND(39・3%)、薄型パネル(27・6%)、薄型テレビ(23・4%)のシェアで世界1位、携帯電話では世界2位(36・4%)である。パナソニックやソニーなど日本勢8社は同上分野でサムスンに大きく引き離されている。また、日本勢8社の合計営業利益額(8327億円)は、サムスン1社のそれ(8736億円)に満たなかった。家電王国の称号は、今や韓国のものである。

 サムスンの圧倒的な強さの要因は大きく4つあると考えられる。
 
1、グローバル市場で経済の成長段階に合わせ、きめ細かいビジネスモデルを構築したこと。

 日本勢が圧倒的に強かった90年代から20年をかけて、サムスンは日本勢があまり注力しなかった新興国市場対応の商品開発やマーケティング戦略を着実に実行してきた。そして、08年の世界経済危機をいち早く克服し、所得が急成長している新興国市場でサムスン・ブランドの人気が一気に爆発した。停滞している先進国市場でも、先進性のイメージで薄型LEDテレビを導入して日本勢を追い抜いた。

 世界中で、かつてのソニーに代わって、サムスンが電子家電のアイコンになった。

 パナソニック、ソニー、シャープなどが、10年になってやっと新興国市場対応の商品開発や先進国市場でのブランド・マーケティング戦略を打ち出し、サムスンへの対抗を開始している。

2、組織と人材のグローバル競争力が高い。

 サムスン式経営の強さは、スピーディーかつ巨額の研究開発投資、設備投資、広告投資を連続して行うことに代表される。しかも、カリスマである会長・李健煕(イ・ゴニ)の経営方針を、海外市場で、具体的な経営戦略、マーケティング戦略に転換し実践するグローバル人材がそろっている。

 世界の国々の政治・経済・文化・社会を知り尽くし、経営やマーケティング能力に磨きをかけた韓国人社員を20年間で4000人以上育てあげた。日本や米国における専門家は1000人育っている。彼らは現地語は勿論、共通言語・英語の能力も高い(TOEIC900点以上)。

 また、世界の有名ビジネススクール修了の多国籍のMBA(経営学修士)が数百人活躍している。地域専門家とMBAたちが、各国と韓国本社に分かれて、現地対応の戦略をスピーディーに立案し実行する。実績主義で評価される彼らは、勝つまでやりぬく闘争心を備えている。

 日本は8社超が国内で足をひっぱり合い体力を消耗している。業界再編成で2~3社に集約しない限り、サムスンの連続投資には対抗できない。しかもサムスンに匹敵する組織力、人材力を備えた企業が見当たらない。

3、海外でのブランド認知度の高さ。

 インターブランド社の世界ブランド評価でみると、08年~10年の3年間で、サムスンは19位~12位~19位、ソニーは25位~29位~34位、パナソニックは78位~75位~73位である。

 ブランド評価は今日の力ばかりでなく、将来の期待評価(収益性など)も加味されている。ソニーが長期低落、パナソニックはじわりと前に進んでいるが、サムスンには遠く及ばない。

 消費者にとってのブランド力は、技術力ベースの機能や性能の評価(モノのブランド力)と心理的・情緒的なイメージなどの評価(コトのブランド力)だ。前者の技術力ベースでサムスンが日本勢を追い越しつつあるのが現実だ。また、日本を除く世界中で、サムスン・ブランドの後者の評価は日本勢よりも一段と高い。「世界一美しいテレビ」「世界で最も先進性のあるテレビ」がサムスンである。サムスンのブランド広告への投資額は、パナソニックやソニーの3倍と言われている。

4、高利益生む「技術経営力」の優位性。

 サムスンの技術開発力は日本勢を引き離している。基礎技術開発力でサムスンに対抗できるのは、マイクロソフトやインテルなどの米国勢だけである。最先進市場・米国での特許登録件数(週刊ダイヤモンド)でも、06年~09年で、サムスンはIBM に次いで第2位を維持している。ソニーは7位~9位で低迷し、パナソニックは4位~6位に後退している。

 サムスンの技術力獲得のスタートは、日本からの技術移転である。しかし、移転した技術を応用・革新して、日本勢を次々と追い抜く商品開発力とその高い利益性を生み出す「技術経営力」は、サムスン自身の努力の成果である。

 サムスンへの懸念要因を2つあげる。

 まず、事業領域を広げすぎではないか。

 既存分野で世界1位のシェアを一段と高め、さらに多くのトップ分野を増やそうと全速力で走っているサムスン。今後は、太陽光発電、リチウムイオン電池、医療機器など21世紀型の新分野でも1位を目指している。しかし、サムスンも例外ではなく、伸びきった戦線に突然大きなトラブルが生じるかも知れない。急いで世界一になった途端に、全世界でリコールが発生したトヨタの教訓は他人事ではない。

 次に、カリスマ会長・李健煕の求心力を承継できるのか。

 後継者は息子の李在鎔(イ・ジェヨン)氏で決定している。祖父→父親→息子へと巨大なサムスン・グループが受け継がれていこうとしている。現会長が逝去した後の後継者の求心力は万全だろうか。あるいは、日本の旧財閥のようにグループを解体し、個々の独立した企業体が緩やかな連合を組む新しいサムスン・グループが生まれるだろうか。