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2011/05/13

<トピックス>私の日韓経済比較論 第4回                                                       大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆日本に先んじた韓国のFTA政策◆

 震災の影響で現在議論がストップしている日本のTPP(環太平洋連携協定)参加問題は、日韓の製造業の競争力という点では重要な意味を持っている。日本の内閣官房が昨年10月に出した資料によれば、発効済あるいは署名済のEPA(経済連携協定)/FTA(自由貿易協定)の数は日本が11、韓国が7(現在は8)と日本の方が多いが、韓国はアメリカやEU(欧州連合)といった主要国との既に署名を終えており、FTA相手国との貿易額が貿易総額に占める割合であるFTA比率は、日本が16%、韓国が36%と大きく差がついている。アメリカでは乗用車に2・5%、トラックに25%、LCDモニターやカラーテレビに5%の関税をかけているが、FTA発効後10年以内に韓国製品に対する関税はなくなることとなる。またEUは乗用車に10%、薄型テレビや液晶ディスプレーモニターに14%の関税をかけているが、FTA発効後5年以内にアメリカ同様、韓国製品に対する関税はなくなる。よって日本政府は「韓国による米・EUとのFTAが発効することにより、わが国の鉱工業品輸出が比較劣位におかれる可能性がある」との懸念を表明している(内閣官房資料)。

 そのような中、日本にとって起死回生の策が、TPPへの参加である。TPPはシンガポール、ニュージランド、チリ、ブルネイ、アメリカ、オーストラリアなどの国が参加しているが、特にアメリカとオーストラリアが参加していることが大きい。韓国は現在オーストラリアとの間でFTAの交渉を進めており、近い将来の妥結・発効が予想されるが、日本がTPPに参加すれば、アメリカやオーストラリアといった主要貿易国との間で韓国とのハンディがなくなることとなる。

 しかし日本のTPP参加は簡単ではない。TPPは原則として全品目について即時または段階的に関税を撤廃しなければならないからである。日本の米は関税化を受け入れたものの、778%との輸入禁止的な高関税が課せられている。その他の農産品も含め、全面的な完全撤廃が受け入れられるか難しい問題である。他方、韓国はアメリカやEUといった国内農産物に影響を及ぼすFTAの妥結にこぎつけたが、これには幾つかの要因がある。第一は韓国は輸出比率が高く、輸出の成長なしには国の成長なしとの共通認識があったことであろう。GDPに占める輸出の割合は90年には14%程度であったが、これが急上昇し、2010年には50%近くにまで達している。よって韓国の持続的な成長のためには、FTAの締結等により、できる限り有利な環境で輸出ができるようにすることが大切であり、これは行政府、立法府での共通認識となっている。

 第二は国内産業への被害を最小限にしたことであろう。FTAの推進によって打撃を受ける産業について、まずは被害を最小限にするべく交渉で努力をして、それでも被害を受ける場合には補償を行うことを行っている。米については、アメリカやEUを始めとした全てのFTAで例外扱いを勝ち取っている。また関税率を下げる農産品については、計量モデルを使用してどの程度の被害が出るのか算出して補償を行っている。例えばアメリカとのFTAの際には20兆4000億ウォン規模の農業対策を行った。

 韓国のFTAに対する考え方は、①FTAは国の成長のためには必要不可欠であり、国内産業に影響を与える国とでも積極的に進めなければならない、②交渉で国内産業の被害を最小限にするべく努力をして、それでも被害を受ける産業に対しては国内対策できちんと補償するとのものである。このポリシーにしたがって着々とFTA交渉を進めてきた韓国は、輸出に有利な環境を着実に手にしている。TPPは例外品目を認めない厳格なFTAであるため、参加のハードルが高い。

 しかし韓国はアメリカなど主要国とのFTAが妥結しており、TPPに参加しなくても十分に有利な輸出環境を得ている。主要国とFTA交渉を着実に進めてきた韓国は、結果的には国内産業への被害を最小限に抑えながら、有利な輸出環境を勝ち取るなど、理想的なFTA戦略を展開できたと言えよう。