ここから本文です

2011/05/27

<トピックス>経済・経営コラム 第31回 日本経済の再成長戦略と日韓協調①                                                       同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

◆日韓が真のパートナーとなる3つの強調領域◆

 東日本大震災(3・11)が、日本経済の二大柱である自動車や電気・電子分野の、内外のサプライ・チェーンに甚大な被害をあたえた。生産工場の壊滅・破損に電力不足が重なり、日本メーカーの電子素材と自動車部品の供給が急減したのだ。電気・電子では、韓国・台湾・中国の液晶パネルや半導体メーカー、そしてEMS(電子機器の設計と生産を専門に受託する企業)を含む完成品メーカーが生産休止・減少のやむなきに至っている。自動車部品の供給がストップし、日本車メーカーのグローバル生産台数が、3割減~半減している。アメリカのビッグ・スリーや中国のメーカーも生産を削減すると伝えられる。

 日本の電気・電子メーカーは、電子部材の供給が復旧するまで(年末ごろか)、国内外向けの完成品ブランドの供給を半減するようだ。一方では、韓台中の電気・電子メーカーは、素材の内製化や東アジア域内の代替メーカーへの発注を急増している。品質は多少不満でも、完成品ブランドの供給を続けなければいけないからである。自動車の部品では、もともと日本依存が少ない現代・起亜、代替部品の調達が可能なGMやフォード、ほとんど日本依存がないVWなどは、完成品を増産して拡大中のグローバル・ニーズに応えることができる。

 デジタル家電のグローバル市場は成長を続けているから、韓台中のメーカーは、日本勢が後退する穴埋めをし、シェアを拡大する好機を逃すわけにはいかない。2011年、薄型テレビでいえば、中国を含む新興国市場を中心に普及型(30インチ前後)が大きく伸びると期待されている。自動車も、世界中で成長を続けている。アメリカ市場では、4カ月間の売上台数がプラス20%成長するなか、ビッグ・スリーがプラス20%、現代・起亜がプラス36%と躍進する一方、日本勢はプラス10%にとどまった。中国では4月、部品不足でトヨタとホンダの販売が2割減となった。VWは2けた増だ。

 5月以降も、自動車と電気・電子の完成品ブランドのグローバル市場で、日本勢だけが大幅な売上減となり、市場プレゼンスは2割~3割くらい縮小するだろう。日本の、「韓国勢に追いぬかれた電気・電子」「VW、GM、現代に追いあげられている自動車」は、世界の二流のポジションに落ちこむ可能性が大きい。復興に国力を注ぐのは当然必要だが、だからといって、政府・企業・国民が「内ごもり」一辺倒になったら、日本だけが世界からとり残される。「復興」と一段と国を開く「グローバル競争力の強化」の両立が必要である。

 本気で日韓協調にとり組む絶好の機会が到来した。

 私は07年に上梓した『日韓企業戦争』のなかで、「日韓のグローバル競争と協調の構図」について概略こう述べた。11年の今、この思いを一層強くしている。

 日韓両国企業が現在、自動車、電機・電子の両分野で、産業連関・技術連鎖の頂点に立ち、世界をリードしている。一方では負けるわけにはいかない・のどを切り裂くシェアや利益性の競争を繰りひろげつつ、他方では金儲けよりも一段と高い次元での「21世紀の文明の発展への貢献」をするために、両国が協調・連帯する「責任」がある(266㌻)。

 両国は今日まで、欧米の近代文明とその果実である科学技術の恩恵をうけ、その上に創意工夫の応用技術や独自の知恵を加えて、世界最強の自動車や電機・電子産業を築きあげた。

 最強の今こそ、恩恵を受ける一方の側から、新たな科学技術を創造し、世界に提供する当事者になる最善のタイミングではないか(268㌻~269㌻)。

 日韓の協調領域が3つあると思っている。①日韓FTAの締結②共通するリスクと機会へのとり組み③国の成長戦略の共通課題への挑戦、である。いずれも、総理大臣と大統領の強いリーダーシップと決断がなければ実現できないだろう。

 先ず2~3年以内にその果実を可視化する協調として、日韓FTAが最善である。日本側の農業市場の閉鎖性と、韓国側の自動車など機械産業の対日警戒心が締結の障壁といわれているが、実は両国民の50%前後が抱く、相手側への情緒的な不信感が最大の難題だろう。

 しかし、なにもアクションをとらないで、「不信感が解消する」のは「百年河清を俟(ま)つ」に等しい。日韓両国のリーダーが理(論理性)と気(相互信頼)を尽くして政治決断し、そのイニシアチブで、歴史的な日韓FTAを締結してほしい。目的は、両国間の貿易の自由化だけでなく、共同でアジア多国間でのバリュー/サプライ・チェーンを構築することだ。

 たとえば、川下の完成品ブランドで世界をリードする両国の自動車と電気・電子メーカーが中心になって、アジアの産業連関・技術連鎖を網羅する価値創造/部材供給の連鎖を構築する。アップル一社(アイパッドなど)のために、アジアの製造業をあげて部品供給の多国間ネットワークができているように、その日韓両国版を作ることだ。

 具体的には、自動車や電気・電子の、電子素材、部品、デバイスなどの技術開発・製品開発・生産立地などを共同投資して研究し、アジアでの最適ネットワークを構想・実現する。

 また、サプライ・チェーンの川下に位置しているアップルなどのアメリカ勢がソフトの付加価値部分で最も高い収益性をあげているが、日韓はソフトで大きく水をあけられている。

 機械のモノ造りからそれを利用して楽しむコト創りへシフトして、両国を中心にオール・アジアでアメリカ勢に巻き返しをしたい。

 目的を共有して、その実現に向けてまい進するなかで、相互に不可欠な信頼できるパートナーであることを実感し、悟るに違いない。