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2011/10/21

<トピックス>経済・経営コラム 第35回 時代の潮目を読む・有効な競争戦略を構築するために                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第35回 時代の潮目を読む・友好な競争戦略を構築するために

    韓国企業は大胆なグローバル戦略で市場を拡大した

◆日本企業の成功モデルは終焉・新たな成長モデル構築を◆

 時代の潮目が変わった。日本企業の90年代までの成功モデル(他に先駆けて新しい分野を開拓して、欧米の豊かな市場を中心に、高品質の標準品を大量に売りさばく)が全く通じなくなった。超円高が、それに拍車をかけるように、日本勢を窮地に押し込めている。国内では市場縮小で需要が減少し、海外では現地対応が不十分で、価格競争でも一段と不利になっている。

 以前は「日本化=ジャパナイゼーション」は、かっこいい「クール・ジャパン」のグローバルな拡がりを意味したが、今では日本と同様の経済・財政苦境に陥ることを、ネガティブに「日本化」と言っている。

 日本経済が苦境にあること、そして、日本企業のグローバル競争力が劣化していること、この冷厳な事実を認めたがらない経済・経営の専門家がいる。

 ここのところ私は、日本企業による韓国勢への反撃戦略や日本経済の再成長戦略の提案に中で、日韓企業のグローバル競争で韓国勢が優勢であること、韓国政府が経済の成長戦略で企業のグローバル競争力を高める様々な支援をして日本政府に先行している事実を取り上げてきた。日本が経済・経営で韓国に学ぶ時代がきた、と強調したいからだ。

 先日もある研究会で同趣旨の発表をしたが、とくに3つの反論を受けた。

 出席者は、多彩な顔ぶれだった。大多数が韓国経済・経営の専門家で、研究者、韓国駐在経験のあるビジネス・ピープル、中央官庁の幹部、大学院生、そして韓国企業の日本駐在員などだ。

 「日本くらいの巨大経済が、年2~3%成長すれば十分だ。健全に推移しているのではないか。規模が小さい韓国経済の6~7%の成長と比較するのがおかしい。日本の技術抜きに韓国企業の国際競争力は生まれない。その根拠が韓国の対日赤字だ。10年の360億㌦弱は巨大だが、技術の対日依存(ハイテク素材や部品、製造装置など)が続いているからだ。赤字解消を、日韓FTAを締結する条件にされてもどうしようもない」

 「韓国のグローバル企業は、わずかな数の財閥企業で、圧倒的大多数は国際競争力のない企業だ。韓国経済や韓国企業を論じる場合、サムスン電子や現代自動車などの有力企業だけを取り上げるのはいかがなものか。違和感がある」

 「日本人は現状で幸せだと思っている。本当に経済が悪化すれば日本人もかわる。日本は大変だ、大変だ、はいささかオーバーではないか」

 以上は日本人出席者の発言要旨である。韓国企業の日本駐在員の一人が、こう発言した。

 「私たちはこれまで、日本に素直に学び、自分たちなりの進化をして現在に至っています。日本に学ぶことへの異論が多くありましたが、自分たちの遥か先を進んでいる日本企業を必死にベンチマークしてきました。今日本で『韓国に学べ』の声が高まっています。いささか面はゆい気持ちです。一方では『学ぶ必要はない』という意見もあります。私は、良いモノやコトは、まず『素直に学ぶ』ことが大切だと思います。孫子の兵法にある『彼を知りて己を知れば、百戦して殆(あや)うからず』です。学ぶことなしに、対抗戦略や先行戦略をたてられません」

 別の日本人の出席者がすかさず言った。「今の発言者は、見事な日本語で意見を述べてくれた。私たち日本人が韓国に行って、これだけのレベルの韓国語で、経済・経営の議論ができる人が何人いるだろう」
 
 私はこのように答えた。「日本経済はリセッション(停滞)ではなくコントラクション(縮小)しています。しかもデフレスパイラルに陥り、超円高を招いています。先進国で一番高い法人税率、FTA網構築の遅れなど、日本企業は企業努力を超えた政府の怠慢のつけを背負わされています。財政赤字は先進国で最悪です。大震災の復興財源に所得増税をしようとしています。一段と消費が減りデフレが進みそうです。企業はますます海外に移転していきます。韓国の大財閥ですが、サムスンや現代自動車など10大財閥の総資産額は10年の韓国のGDPの8割に相当します。サムスン・グループ一つの売上高が、全上場企業の総売上高の25%、純利益では35%を占めます。サムスンや現代自動車が国家経済を動かしているのです。大財閥企業を語るのは、だから韓国経済の中身を明らかにすることになるのです。日本経済は本当に悪くなる前に、戦略転換するほうがいいのではありませんか。国敗れて山河あり、とは言いますが、徹底して悪くなるまで日本人は気付かないと本当に思っているのですか」

 答えながら私は痛感した。孫子が言う「軍の進むべからずを知らずして、これに進めと言い(やってはいけないこと)」と「軍の退くべからざるを知らずして、これに退けと言う(やらなければいけないこと)」を見極めるのは、専門家にも難しいのだと。

 時代の潮目の変化とその方向を読むには、個々の変化の事例を素直に学ぶことが欠かせない。その中から、衰退しつつある日本経済の再成長や不振産業の競争力回復にとって、どんな能力が必要なのかを読み取り、新たな革新(イノベーション)を仕掛けなければならない。

 私は大きく4つの革新が必要だと考えている。企業経営では、技術・経営・ソフトの3革新である。そして政治の革新がいま最も必要だ。この4革新はばらばらにではなく、同時進行で、オール・ジャパンで取り組まなければ、有効な成長戦略・競争戦略が創れないと思っている。