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2011/11/25

<トピックス>経済・経営コラム 第38回 国を開く ① 中国のビジネススクール(経営大学院)で                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第38回 国を開く ① 中国のビジネススクール(経営大学院)で

    中国・西安交通大学のキャンパス

◆韓国人留学生、韓中ビジネスに強い関心◆

 中国・西安交通大学管理大学院の客員教授になり、グローバルMBAプログラムで講義をして帰国した。アジア諸国などから中国の国費で呼び寄せた留学生と中国人学生を加えた多国籍学生のクラスだ。

 講義したのは「経営論」で、中身は国際経営の競争戦略とした。多文化・異文化を串刺しにして、競争力を構築・持続する経営・マーケティング論で、今日のグローバル競争力というのは、自国・自社中心で世界を取りこむためだけの戦略ではだめだ。自国を世界に開き、自社を世界の中に置いて、内へと外への双方向・相互循環で多文化・異文化と共生し、それを自国・自社の中で統合すること、そして互いがウイン・ウインになること、そのためのグローバル化に最適の経営が必要だ、といったポイントを強調した。

 私との双方向の討議と、学生同士のグループ研究とその発表を組み合わせた講義の進め方を採用した。

 中国人や韓国人はややゆったりとしている。パキスタン人やアメリカで学部を卒業したタイ・台湾などからの留学生は、多くが博士課程に上がる目的を持っているせいか、徹底した論争を求める。「液晶テレビ分野のグローバル展開で中国企業が、韓国や日本へ(対)アメリカや欧州へ」を巡る学生同士の討議に聞き入った。論理性、説得力、具体性、そして現実性の基準で評価しながら。

 そんな彼らに、国家資本主義ともいえる中国で、自由資本主義・自由経済を支えている最先端の企業経営の学位を目指す動機が聴きたくて、折に触れてクラス内外で質問を投げかけた。交通大学は、国家重点10大学の一つ、日本の旧帝大のような位置付けだ。

 中でも管理大学院(経営大学院)は長く国内ランキング一位だった。かつては学費がほとんど無料で、困窮家庭の子女でも学力があれば入学できる希望の星だったが、近年では学費が高くなり、裕福な家庭出身で、塾で受験勉強ができる若者が多く入学してくる。新たな差別・格差が拡大しているのだ。

 そういえば日本でも韓国でもずっと以前から、学歴が高い両親がいて経済的に恵まれている家庭の出身者ほど、優秀とされる大学への進学率が高いことで知られる。

 裕福な中国人学生は、修了すると博士課程で研究者を目指すか、北京や上海の国営企業(GDPの約50%を生みだす)のどれかにすんなり入社できるし、地元・陝西省の政府機関から引っ張りだこだから、しっかり勉強してMBA学位を取得すればいい。そのうえ、グローバルMBAプログラムで英語による経営学を身につければ鬼に金棒だ。彼らは、国内に留まり、中国に進出してくる日本、韓国、米国、ドイツなどのグローバル企業との競争関係やそこに勤務することで、自分のグローバル化を進めようと考えている。内へのグローバル化を担うわけである。

 韓国人二人のキャリア設計が大変興味深かった。二人とも韓国で中国語を専攻し、一時期中国語の教師をしていたが、一念発起して中国政府の奨学金と大学の生活費支援で、交通大学に来た。中国語に不自由はない。しかし、英語によるMBA習得で一挙両得を狙う。中国語を更に洗練し、英語でもビジネスができるように自分を変えていく。韓国経済の中国依存がますます大きくなる。2010年では韓国の輸出額の31%が中国向けで、アメリカへの17%の倍近い。直接投資残高でも中国が20%で第一位だ。

 彼らは中国とのビジネスで活躍したいのである。内と外の双方向のグローバル化だ。そのために中国トップのビジネススクールでの勉強と学位が役に立つ。

 日本人留学生は一人もいなかった。日本経済は、中国への経済依存度では韓国より低いが金額では、貿易も直接投資も韓国の3倍近い巨額だ。「中国とのビジネスでキャリアを積む」という発想がないのだろうか。さみしい思いがした。

 親・中国のパキスタンからやってきた5人は、一段と研ぎ澄まされた気迫と目的意識を持っている。「世界の二つの超大国のはざまで、私たちは友好国・中国を選んだ」「陸続きの国境を挟んで、政治や経済の交流が日に日に拡大している」「中国にのみこまれないように、自国の経済開発に貢献したい」「それには、相手の懐に飛び込んで、相手の知識や技術・ノウハウを学ぶのが最善だ」「アメリカが自国の友人になるとは思えない」。口々に愛国主義的な言葉が飛び出した。頼もしい若者たちだ。

 「パキスタンと中国との今後の政治や経済の連携を担う人材育成をするために、この大学で博士号を取得して、母国の教壇に立ちたい」と、5人の内3人が述べた。また1人は、中国を相手に事業を営む父親の後を継ぐつもりだし、最後の1人は国営の金融機関からの派遣だった。対中国ビジネスの金融支援が彼のキャリア開発だ。

 「日本はどう?」と問うた私に、「経済大国日本には憧れているし、日本は友好国でもあるけれど、自分の将来のキャリアのためには中国とのような実利が見えない」と返事が返ってきた。全員がうなずいていた。「好かれても頼りにできない日本」である。