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2011/12/02

<トピックス>経済・経営コラム 第39回 国を開く ② 国家百年の計                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第39回 国を開く ② 国家百年の計

    11月18日にインドネシアのバリ島で行われた韓日中首脳会議。右から李明博大統領、野田佳彦首相、温家宝首相

◆眠れる獅子・日本が目覚めたか◆

 TPPへの交渉参加の可否を巡って、「幕末の開国か攘夷かの争いを彷彿とさせる」との表現を使った極端な論議がかまびすしい。世論調査では、国民の意見が真っ二つに割れている観がある。製造・小売業などは開国で、農業・医療などが攘夷だ。マスコミが「ためにつくりあげた」世論だと思っている。

 日本を含めて世界のGDPの40%を占める豊かな経済圏への参加は当然の選択で、一段と自由化度が高くなる通商スキームの恩恵を受けるのだ。日本は世界に向けて何度でも「開国」するのが良い。それが、国家100年の計であり、文明の発展=グローバル化を担う日本の責任だと思う。経済のグローバル化で、これまで最も利益を享受して経済大国になった日本が、先頭に立って開国することが、世界に対する責任であり、今後の成長戦略の要だ。しかし、日本は近年、無為無策で韓国やASEAN諸国の後塵を拝し、最先進国ならざる態度や行動をとり続けてきた。

 韓国は、97年に襲った金融危機以来、日本に二歩も三歩も先んじて、開国の実績を積み上げてきた。その結果現時点で、世界のGDPの55%強を占める、EUとアメリカの巨大市場を含む国々とFTAを発効・締結した。韓国の貿易総額の36%に相当する国々である。日本のFTAは、世界のGDPのわずか5%、貿易総額の18%を占める相手国に留まっている。EUやアメリカとは交渉の入り口にも立っていない。

 日本を抜き去って進んだ韓国の開国を促したのは、韓国経済の世界経済への依存度が高いことが第一にあげられる。国内市場の規模は世界の2~3%に過ぎないのに、売上の海外市場依存度が平均80%を超える電気・電子、自動車、造船、鉄鋼などの産業が経済の根幹で、しかも、グローバル市場で日本のライバルと死闘を続けていた。弱い財閥を解体するか再編成し、重点産業に集中するなどの大改革を進めて、独占禁止法の適応を和らげて企業の競争力を高め、貿易を拡大し収益を伸ばすことが、経済危機を脱して国民に豊かさを分配する唯一の方法だった。
 海外での経済活動の自由を獲得するには、国を開いて内と外の競争条件を「公正と正義」の原則で統一する必要があった。互いの強みを交換するプロセスで、韓国の弱い産業である農業やサービス産業への打撃、という痛みを受け入れた。農業へ大規模化の支援や補助金の支給で総額9兆円を注ぎ込んだ。IMF危機のさなかに、「国が滅ぶ」という危機感を全国民が共有していて、「痛みを伴う開国」以外の選択肢がなかった。

 どの国にとっても、痛みのない開国などあるものか。全ての分野で強い国などないのだから、痛みの大きさを補って余りある大きな強みを獲得して成長を加速させるために国を開くのだ。そして新しい強みも造りあげる。一方では、弱い分野を再生するための、救済ではない、対策を講じる。これが国家の将来を築きあげるための戦略だ。李明博大統領が、「信念を持って国を開く」と、訪韓した野田佳彦首相に話したと聞くが、CEO大統領らしいと思った。国家のリーダーたる者、国の将来像を指し示し、それに向けた具体的な戦略をたて、賛成・反対を統合しつつ両者が立てるように、細心かつ大胆に実行する。その姿を国民に露出し続ける透明性も不可欠だ。日本のリーダーに、「その覚悟ありや」と問いたい。両者の言い分を聞いて、足して二で割る調整はリーダーがすることではない。

 過日、中国・西安交通大学管理大学院の公開講演会で、「国を開く、Why do we go global?」と題して以下のように話しかけた。「全ての企業に"国籍"があり、その活動は企業益と国益の両方を追求している。グローバル市場で、企業益と国益がぶつかり合う。それが"グローバル競争"の実態だ。一方では"自社や自国だけ"でなく、"相手企業や相手国"の益にもなる両者の最適、ひいてはグローバル最適を志向する。こういった態度や行動をとることを、実のあるグローバル化というのだ。グローバル化は、だから国内に他国を招き入れ、他国が自国を受け入れる双方向の営為だ。双方のウイン・ウインを大きくすることで、相互信頼と経済統合のアップ・スパイラルな進化が可能になる」

 私はこの話で、「アメリカ中心のTPP」とか「中国中心のASEAN+6とか日韓中のFTA」といった政治・軍事超大国の覇権的な経済連携論に間接的に異議を申したかった。リーダー論議は必要だが、特定の国が政治力を背景に他国経済の運命を左右することには反対だと。中国にいると、「世界経済を、世界第二位の経済大国である中国が中心になって動かしている」と暗示する報道が本当に多くて、中国の将来の指導者層となる若者が「中国による世界の経済秩序が当然のこと」と一方的にインプリントされるのが心配である。

 アメリカは、中国によるアジアの覇権に対抗するために、日本・韓国との安保連携を強め、日本をTPP交渉に招き入れ、韓国とのFTAを批准した。

 中国の日本への牽制が始まった。「日本は中国へ二股アプローチをとっている」(China Daily、11月3日)。「安全保障はアメリカに頼って中国を牽制しながら、経済は最大の貿易相手国・中国との関係を一層深めたいとしているが、中国抜きのTPPへの参加は、日中の経済関係にプラスにならない」。しかし中国は、知的財産権保護が未整備など、自国の都合で参加できないのだ。韓国も安保はアメリカ依存だが、今のところTPPへの参加を望んでいないせいか、中国からの牽制球は投げられていない。