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2011/12/09

<トピックス>経済・経営コラム 第40回 国を開く ③ TPP日本とFTA韓国                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第40回 国を開く ③ TPP日本とFTA韓国

    韓国は貿易1兆㌦を達成(写真は仁川空港から輸出される国際貨物)

◆両国は内なる課題解決を急げ◆

 経済連携・自由貿易の論議で、日韓に共通して特徴的なのは、「内へ」国を開く覚悟や戦略が不十分で、「外に」出ていく覚悟や戦略に偏向している。一方では、多国間協定ではどの国が、二国間協定ではどちらがリーダーシップを握るのか・主導するのか、といった力学関係をとても気にしている。交渉を通じて、国益・企業益を最大化し、痛みを最小化したいからだが、相手国も同じことを考えている。痛みを分け合う覚悟が必要だ。

 両国とも、安全保障ではアメリカとの同盟が主軸で、通商では中国とアメリカの両国との関係を基軸にして、世界に自由貿易網を張り巡らせたい。そして、両国は、ほとんど重なり合う産業分野で、熾烈で抜き差しならないグローバル競争を続けている。だから、日韓は、諸外国との経済連携でどちらがいち早く有利な通商条件を獲得するかの競争に陥りやすい。この点で、韓国が日本に先行し、日本が後追いしている構図が続いていた。

 TPPやASEAN+3(日韓中)などの多国間協定では、政治力学もさることながら経済力の強弱や市場規模の大きさで、ルール作りの主導権の帰趨が左右される。日本は、アメリカとの同盟関係を後ろ盾に地域安保で中国への牽制を鮮明にしつつ政治交渉力を高め、TPPのルール作りでアメリカとの二人三脚で主導権を握ろうとしているが、それに相応しい経済力と市場規模を持っている。成長力は不足しているが、経済連携を通して成長力を回復し、巨大市場の吸引力が高くなり、全ての参加国にプラスとなる。最終ゴールは、世界の成長センターであるアジア太平洋全域(TPPとASEAN+6を包含する)の自由貿易圏(FTAAP)の構築で、世界GDPの半分強を占める広域連携の主導権を、アメリカ・中国と並んで日本も握りたい思惑だろう。

 また、ASEAN+3や+6では(+3の他に、インド・豪州・NZが参加)、中国がその政治力や市場の大きさと投資力の強さを武器に主導権を握ろうとしているが、ASEAN側は日韓中の最適バランスを求めている。

 韓国は、当面は主導国になりづらい多国間協定よりも、対等条件で協定できる二国間FTAに突き進んでいる。そのベースには、協定締結までのスピードや自国の特殊条件の交渉でより実利が得られるという判断がある。TPP参加国そして交渉参加を表明した日本、豪州、メキシコの12カ国の内、日本以外のすべての国とFTAを締結か交渉中であるから、急いでTPPに交渉参加表明する必要はない。目下は日韓中FTAに向けて研究中であり、2012年にも交渉が始まると言われている。日韓FTAは、痛みの分かち合いで韓国が不利だ(対日赤字と日本の農業市場の閉鎖性)との認識で、中断したままだ。

 日本のTPP交渉参加を韓国は、「韓国への対抗・巻き返し」とみている。韓国のFTA網構築のスピードと規模の大きさに遅れを取った日本の企業は、アメリカやEUなどで、一段と不利な通商条件下に置かれている。円高とのダブルパンチだ。相手国の関税や規制を撤廃して、韓国と競争環境を同じにすることが、日本にとって不可欠だ。TPP参加は、日本の巻き返しでもある。

 韓国の先行優位はいつまでも続かない。韓国は、TPPには参加しなくとも、ASEAN+3または+6には有力メンバーとして当然参加する。それらが結合してアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に拡大すれば、そのメンバーともなる。

 しかしその道筋で、TPPとASEAN+3の両方に軸足を置いて存在感を高めている筈の日本を含む多国間交渉で、どのように主導的な発言力を確保するのか。高度な自由経済の価値観を共有する「日本との協調」路線が必要になる。日韓中FTA交渉がその試金石になるだろう。

 日韓両国の、「内なるグローバル化」の課題を整理しておきたい。韓国の輸出を支えている「ウォン安誘導」を、政府と中央銀行が継続しているが、IMFは「ウォンは過小評価されている」と警告している。ドルをどんどん買い上げるため(ウォン安・ドル高)、ウォンが市中にだぶつきインフレを起こしている。輸入品の価格が跳ね上がり、住宅価格も急上昇している。サムスンや現代自が海外から稼いでいるにもかかわらず、その分配が届かない人びとが増え、所得格差は拡大する一方だ。若年層の失業率は平均の3倍近い。「大学は出たけれど職がない」経済強国とはなにか。農業の自由化や農協・漁協の共済の民営化などの痛みを和らげるはずの所得向上が絵に描いた餅になっている。富はどこに偏在しているのか。

 日本は、GDPのわずか1・5%(8兆円)の農水産業を守るために、残り98・5%を生産する製造業やサービス業のグローバル競争力を削いできた。そのコストは企業や国民が負担している。企業の参入を奨励して、農業再生に役立たない戸別所得補償制度をやめ、農業の大規模化で競争力を高め農産品の価格を下げるとか、高品質・高価格の日本産のコメや果物で海外市場に打って出る、などの再生戦略を実行する時ではないか。

 医療の国民皆保険制度は世界に冠たるものだが、保険非適用の高度診療が自由に受けられない。保険と個人負担の診療を組み合わせる自由を、国民に提供するのがなぜ医療の崩壊なのか。

 「食の安心、安全、信頼」を担保にとって農業の自由化に反対すること、「医療の平等・標準化」を人質にして「混合診療の自由」に反対することは、両方とも、「既得権益」を守り、グローバル時代の国民経済の成長・発展の道筋に掉さしている。もっとも、混合診療の自由化はTPP交渉の議題にならないのは残念だが、FTAAPで取りあげられるだろう。