ここから本文です

2012/03/02

<トピックス>私の日韓経済比較論 第14回 日本で誤解が広まる韓米FTA                                                       大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆国家と投資家間の紛争解決手続き「ISD条項は不平等」は間違い◆

 3月15日に韓米FTA(自由貿易協定)が発効するが、韓国では野党が韓米FTAの破棄を公約にするなど政争の具になってしまった感がある。そのようななか、日本では韓米FTAが注目を集めているが、正しい韓米FTAではなく、誤解が独り歩きしている状況となっている。

 日本で広まっている韓米FTAとは、「アメリカに有利な不平等条約」、「発効すれば韓国の経済・社会に甚大な被害を与える」といったものである。

 そしてTPPを反対する人々の間で、「韓米FTAはとんでもない不平等条約」→「TPPに日本が参加すれば韓国の二の舞」といったロジックが、TPPに反対する根拠の一つになっている。

 しかし韓米FTAは不平等条約でもなく、韓国の経済・社会に被害を与えるものではない。

 日本のTPP参加については、メリットとデメリットを総合的に判断して、最終的には国民が決める必要があるが、そのためには正しい情報の収集が重要である。そこで正しい韓米FTAを紹介したい。

 韓米FTAに関する誤解にはさまざまあるが、その一つとして「ISD条項は不平等」を挙げることができる。ISD条項は「国家と投資家の間の紛争解決手続き(ISD手続き)」について定めている。ISD手続きとは、投資家と国家間の紛争解決の手続きであり、投資を受け入れた国が協定に違反し、その国に投資した企業などに損失が生じた場合、企業が政府を相手取って国際仲裁機関に救済を要請できる手続きである。

 この手続きが可能な場合、投資受入国との間で紛争が起こった時、投資家は、①投資受入国の裁判所に提訴する、②国際仲裁機関に救済を要請する、のいずれかを選択することができる。ISD手続きがある理由としては、被害を被った投資家が裁判を提起する際、投資受入国の裁判所しか選択肢がない場合、自国の政府などに有利な判断を下す恐れがあることが挙げられる。

 しかしISD条項については、①韓国企業はISD手続きを利用できない②国際仲裁機関はアメリカ寄りである③アメリカ企業により濫訴が起こり、韓国政府は莫大な賠償金を取られるといった誤解が日本で広まっている。

 多くの誤解の発生源は、韓国のマスコミが、反韓米FTAキャンペーンの一環として報道した記事であるが、これらに対して韓国政府はきちんと反論している。

 まず韓米FTAの条文によると、韓米両国の企業がISD手続きを利用できるので、①は一見して誤解とわかる。また②は、国際仲介機関の一つである国際投資紛争解決センター(ICSID)が、世界銀行の傘下にあり、世界銀行の総裁が発足以来アメリカ人であることにより、アメリカ寄りの判断を下すのではないかとの憶測から生じた誤解である。

 しかし実際は、提訴された後、終結に至った事案を見ると、アメリカ企業が負けた比率は、勝った比率より高い。

 さらに③は、アメリカが訴訟社会であること、またアメリカ企業が相手国政府を訴え、賠償金を取ったケースがあることから生じた誤解である。国際仲裁機関による仲裁件数全体に占める、アメリカ企業が提訴した件数の比率は高い。

 ただし、そもそも国際仲裁機関における仲裁件数はそれほど多いわけではなく、絶対数で見ればアメリカ企業による訴訟も多いわけではない。例えば94年に発効したNAFTAに関して、アメリカ企業がカナダ政府を提訴したケースが16件、メキシコ政府は15件である。

 つまり各国政府は年平均で1回弱提訴されている計算となる。これをもって濫訴と判断することは難しい。またアメリカ企業が賠償金を獲得したことはあるが、これは相手国政府が協定違反をしており、賠償して然るべきケースである。

 韓米FTAは、「不平等条約」でも、「韓国の経済・社会に甚大な影響を与える」わけではなく、日本で広まっている姿とは大きく異なることがわかる。

 韓国で政争の具になることは仕方がないとしても、日本で大いに誤解されるなど、韓米FTAもとんだとばっちりを受けたものである。