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2012/09/07

<トピックス>私の日韓経済比較論 第20回 家計負債                                                      大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆社会不安を生じさせるリスクに◆

 8月下旬に公表された2012年上半期末の家計負債残高は922兆ウォンであった。99年末の残高は214兆ウォンであり、12年半の間に4倍以上にも増加している。政府も家計負債の増加に危機感を持っており、去る7月19日には「家計負債動向及び庶民金融支援強化方策」が公表された。

 この資料では、99年から2010年の間に、名目GDPの成長率は年率7・3%、可処分所得は5・7%であったが、家計負債は11・7%と、GDPや可処分所得を大きく上回る伸び率を示したことが明らかにされている。

 また2010年の貸出構造を見ると、銀行の家計向け貸出の94・9%が変動金利、住宅担保貸出の41・3%が一括返済を条件としており、この比率は欧米先進国に比して極めて高くなっている。この貸出条件から推測すると、韓国では住宅ローンも含めて、長期間かけて元利を返済するのではなく、金利だけ支払い、数年単位で一括返済する方式がメジャーであり、政府もこの貸出構造には問題があると見ている。ただし延滞率は2000年代にほぼ一貫して下落しており、今年5月には0・97%と低水準である。

 さてこのような状況にある家計負債は韓国経済のリスク要因になるのであろうか。この疑問を晴らすべく、韓国の家計負債問題に詳しい、韓国開発研究院の金ヨンイル博士にインタビューしたので、以下はその結果を紹介したい。

 何を持って韓国経済へのリスクとするかによって結論は異なる。まずはシステミックリスクの可能性である。これはある金融機関が支払い不能に陥ることをきっかけに、金融システム全体にこれが波及して、ひいては金融の仲介機能が低下するリスクである。このリスクが顕在化すれば、韓国経済全体の問題となり、成長率の低下や失業率上昇など深刻な事態が発生する。しかしこのような事態に陥る可能性は低いようである。

 確かに家計負債残高はGDP比率で見ても高水準である。しかし償還能力が脆弱である低所得世帯の負債が全体に占める割合はそれほど大きくなく、これら負債の多くが返済不能に陥る状態が発生しても、金融機関は損失を処理できると見込まれる。

 ただし住宅購入資金については懸念もある。韓国では住宅を購入する際、短期一括返済との条件を選択する場合が少なくない。これは、住宅価格上昇により実質的な負債額が減少していくこと、金融機関がロールオーバーに応じることが期待されているからと考えられる。

 住宅価格が下落した場合、また金融機関の貸出態度が厳しくなった場合には、幅広い所得層が返済不能に陥り、システミックリスクに発展する可能性が出てくる。しかし韓国の住宅価格は一時期高騰したものの、これはソウルの一部地域に集中しており、全国的にはファンダメンタルズから離れた価格にはなっていない。よって日本やアメリカが経験した住宅バブルが崩壊する可能性は高くないと考えられる。

 ただしソーシャルリスクが顕在化する可能性がある。償還能力が脆弱である世帯の負債は全体から見れば小さいものの、世帯数は少なくない。これらの世帯が負債を返済できなくなり債務不履行者になれば、全てを失い、新たな借入れもできなくなる。

 韓国では社会安全網が十分発達しておらず、このような世帯の困窮が問題となる。これをリスクととらえれば、家計負債は韓国経済のリスク要因となる。

 また政府の資料によれば、近年は自営業が増加しており、50歳代以上が小売業や飲食業を始めるケースが多い。この理由の一つとしては、ベビーブーム生まれの人々が、退職を契機に自営業を始めていることが挙げられるが、これら自営業に対する貸出が増えている。しかし零細な自営業者は景気に翻弄されやすく、事業に失敗すればたちまち債務不履行者となり、生活が破綻することになる。

 家計負債の増加は、マクロ経済を揺るがすリスクとは言えないが、社会不安を生じさせるリスクとは言えそうである。