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2012/06/01

<トピックス>経済・経営コラム 第45回 日本と韓国が相互受粉する飲食の現場から                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第45回 日本と韓国が相互受粉する飲食の現場から 

    ソウルでは日本式の居酒屋が大人気

◆食も酒も日流と韓流がそれぞれ拡大◆

 食も酒も日流と韓流が拡大している。

 日本食が韓国で、韓国食が日本で、日常の食生活に浸透してしかも大いに好まれる時代が到来した。日流と韓流の飲食版だ。

 東京・新宿職安通りや赤坂にある行きつけの韓国食レストランは、このところいつでも日本人の若者やおばさんたちで賑わっているし、私が住んでいる京都の祇園にある韓国食レストランも、10年来ひいきにしているが、若い日本人がテーブルを占めている。

 ソウルは、もともと日本食レストランの人口密度が世界一高い(日本を除く)のだが、これまでの定番だった寿司・刺身、てんぷら、とんかつなどに加えて、ここ数年は居酒屋やうどん・そば・ラーメン、焼き鳥などの専門店がどんどん増えている。最新のデータによるとざっと5000軒は下らないとのことだ(ジェトロ)。お客のほとんどは韓国人だ。私がソウルで愛用しているコテコテ日本式の居酒屋は、客の90%以上が韓国人だ。見るからに高学歴のエリート・サラリーマン、専門家、キャリア・ウーマンと思える人たちが多い。私たち日本人は少数派なのだが、その店にとって日本の味の保証人になっている。

 両国での食の相互浸透と共に、それぞれの国の酒の人気もうなぎ登りだ。東京や京都の韓国食レストランで、日本人が眞露(チャミスル)やマッコリを飲みながら料理をつついている。ソウルでは、日本料理と日本のビール・清酒・焼酎がすでに定着している。データをみると、韓国の酒類(焼酎・ビール・マッコリ)の輸出量のなんと6割を日本が輸入している。日本に居住している韓国人の数が世界一多いわけではない。韓国系(コリアン)の人口でみると、アメリカが220万人で日本が90万人だから、日本人が韓国酒類の大部分を楽しんでいると推察できる。マッコリに至っては輸出の9割超が日本向けだ。

 韓国サイドはどうか。日本のビールが輸入ビールで最も人気が高くなった(コリア・ヘラルド)。オランダやアメリカのビールのそれぞれ二倍超も飲まれている。なかでもアサヒ・スーパードライのシェアが一番高い。日本食レストランの経営者はほとんど韓国人だが、私が出入りする日本食レストランの目立つ場所にも、アサヒのロゴが刷り込んである冷蔵庫がどっかりと据えられている。居酒屋は、多種類の日本酒や麦・芋焼酎をずらりと取り揃えていて、値段が高い銘柄から売れていくという。

 両国での、相手国の食や酒の人気急上昇には、今までになかった大きな特色がみられるようになった。以前は、それぞれの国の消費者の味の好みに現地適応化した料理が主流だった。実は、私はそれが不満だった。私の舌の評価でいうと、以前の日本の韓国料理は一言でいうと「甘い・薄い」だった。砂糖を入れているような甘いキムチ、辛味がなく薄味のテンジャンチゲ、甘いだしの生臭いヘムルタンなどが多かった。韓国の日本料理は「だしがたりない」、つまり、しっかりしたカツオや昆布のうま味が不足していた。こういった不満がかなり解消されているのが最近の変化だと思っている。

 食のグローバル化の一般理論では、それぞれの国の消費者の嗜好や味覚に合わせて、心(日本らしさ、韓国らしさ)はオリジナルを保ち、形(素材や味)は現地に適応するのがよいといわれてきた。世界中の日本食レストランは3万5000~4万軒でさらに増加中だが、その経営者の9割以上が現地の人たちで、提供する料理は形を現地適応化した日本料理である。ニューヨークで、上海で、パリでそんな日本食レストランが増殖して地元の人たちを喜ばせている。

 しかし、日韓両国では、一般理論に当てはまらないレストランが増えている。東京ではニューカマーといわれる、若い韓国人が経営する心も形もコテコテの韓国食レストランが新宿職安通りや赤坂に立ち並んでいるし、ソウルでは、日本人が経営するとかシェフを務める店が増えている。居酒屋の急増にも眼を見張る。祇園の韓国食レストランの経営者も釜山からのニューカマー、韓国人アジュンマだ。

 欧米の日本食レストランは、それまで日本で日本食を食べたこともない現地の人たちが経営者であり客だから、現地適応化が当たり前だ。日韓両国では、年間合計450万人近い人たちが行き交っている。気楽に隣に行ってそこで美味しい料理と酒を楽しんで帰ってこられる。私の教え子夫妻は、福岡から高速フェリーで二泊三日の釜山グルメの旅を楽しんでいる。

 日本人は韓国で飲み食いした料理や酒を、韓国人は日本で楽しんだ料理や酒を、自分の国でも食べたい・飲みたい。その強いウォンツが現地適応化していない両国のオリジナル料理や酒を提供するレストラン・ビジネスを支えている。

 私の食生活は、年数回の各1~2週間の韓国滞在中は、昼・夕食の回数の8割以上が韓国食だ。日本では家庭内外で、週に2回くらいの夕食がそうである。だから体は日本製だが、血液中には日本食と韓国食の栄養分が流れている。

 食や酒を媒介にして日韓両国で韓国人と交流して、頭の中で文化や価値観のクロス・ポリネーション(相互受粉)をし、韓国適応化した日本人(私)と日本適応化した韓国人との輪を広げている。私はそれを、「第3文化体の輪」と名付けている。