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2012/07/27

<トピックス>経済・経営コラム 第46回 北朝鮮の経済とその課題                                                       西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

  • 西安交通大学管理大学院 林 廣茂 客員教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学、同志社大学大学院ビジネス研究科教授を経て中国・西安交通大学管理大学院客員教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

  • 経済・経営コラム 第46回 北朝鮮の経済とその課題

    開城工業団地

◆資本と技術不足、急がされる改革・解放◆

 5月の連休期間に、北朝鮮を体験・実感する機会があった。経済・思想・歴史などの専門家が中心になった「日朝友好京都ネット」の訪朝団に誘われて、私は経済・経営の専門家として参加した。

 北朝鮮の政治体制やそれへの絶対忠誠という価値観に、私は同意できないが、「国家は、国民を豊かに・幸せにする義務を負う」という現代の国家経営のイロハは、北朝鮮にも普遍的に当てはまると信じてきた。だから、その基本(国民を豊かに、幸せに)がいまだ確立していないと伝わる北朝鮮の経済面での国家経営を分析して、その課題を取り出すことを、訪朝の大きな目的とした。

 国連統計では、東アジアに残る唯一の最貧国だが、実際はどうか。国連統計では、最近5年間(06~10年)の北朝鮮の一人当たりGDPは550㌦前後で、アフガニスタンやアフリカのモザンビークと同等の最貧国だ。90年代半ばの崩壊寸前の経済(当時の一人当りGDPは220㌦)からここ10年来回復しつつあるが、食糧・エネルギー・資本・技術が慢性不足のせいで、回復のスピードはとても遅い。

 一方では、実際の物価、人々の暮らしぶり、平均寿命、乳児死亡率、教育水準などの「実質の暮らし=生活水準指標」を見聞した後で推計すると、実質一人当たりのGDPは、2010年で約1700㌦だ。アメリカのCIAが発表しているデータとも符合する。平壌が3000㌦(=100)、地方が1600㌦(=53)の推定で、地域間格差は極端ではない。最貧国から脱して、新興国経済への入り口に立っていると言える。

 平壌市民の「今日の暮らしと明日への希望」を見聞するために、市民の家庭、憩いの場である公園、学習少年宮殿、八百屋、百貨店、食堂、アイスクリーム店などを訪問して人々や周囲を観察し、インタビューを重ねた。私が出会った人々は、「平壌というショールーム」の中で暮らす特権階級に属しているとは思えないごく普通の市井人だった。

 私の質問に、「先進国のように豊かではないけれど十分に幸せだ」と、異口同音に答えた。

 経済強国への道はとても険しいだろう。ここ10年間の経済回復・経済成長のスピードが遅いのは、社会主義・国家計画経済の剛直性が、その理由ではないかと思う。資本主義・自由経済の韓国との経済力の圧倒的な違い(GDPで韓国が73倍も大きい)をみればそれは自明だが、それでも、「我々の経済体制は正しい、しかし経済計画の実行・運用に問題があった」と、面談した社会科学研究院の専門家は主張した。その体制下で、資本主義的な市場経済を、実利を得ながら徐々に拡大していく。かといって、「(中国のような)拝金主義の跋扈(ばっこ)と所得格差の拡大を許さない」とも断言した。

 私は、彼らの剛直性に戸惑ったが、国家計画経済だからこそ、「利益追求の行き過ぎを抑える社会的責任の仕組みや所得格差を広げないセイフティーネットの整備」をしながら、もっともっと柔軟に、スピーディに市場経済を拡大していけると考え、そのことを伝えようと努力してみたがうまくいかなかった。

 経済成長に向けての根本的な課題はなにか。私が診るところ、北朝鮮には、経済発展の四つのエンジンの内、人材の質が良く、鉱物資源も豊富だが、それを付加価値の高い完成品に作りあげる資本と技術が決定的に不足している。国家企業の経営では、経営革新(技術革新、商品革新、管理革新=マーケティングなど)が遅々として進まない。個々の部門を最適化する努力を重ねていると言うが、各部門を横串にして経営革新の全体最適を実現する経営能力や部門間のコミュニケーションや摺合せが未熟のままなのだろう。

 市場のニーズやウォンツを満たす、つまり国民の満足と幸せを実現する・そのために商品やサービスを創造して提供する、その経営思想と実践が根づいていない。だから、生活に必要な国産の加工食品や日常の生活用品が、国民の手元になかなか届かないまま、市場では、中国製品が圧倒的に出回っている。

 また対外貿易で黒字を稼ぐことが資金獲得の道なのに、有力な輸出産業を育てられていない。外国が買いたくなるような付加価値創造が不足しているからだろう。中国やアラブ諸国からの対内投資が入っているが、経済の活性化までは至っていない。

 北朝鮮は自立経済を唱えているが、その実、電気・機械製品、重油、食糧、日用品などを中国に決定的に依存している。しかも、過去7年間(02~08年)の約63億㌦の貿易赤字の大部分は対中国である。韓国との交易(貿易)で得た約44億㌦(04~08年)の黒字で穴埋めした後でも、これだけの赤字が積みあがっているのだ。自立経済は、掛け声だけで、現実には成り立っていない。

 巨額の累積赤字を積みあげた「何でも自前でする」自立経済から脱して、国を大きく開き、諸外国からの投資を呼び込み自由な経済活動を奨励すれば、技術や資本と一緒に、効果的・効率的な経済運営の能力や経営の知識も移転してくる。投資が雇用を生み、魅力ある商品を市場に供給することで、消費経済が豊かになる。海外企業とそれに学んで競争力を身につけた国内企業が貿易を担い、外貨を稼いできてくれる。その開かれた国の「経済・経営の最終決定をし、最終責任をとる」自立経済に転換すべきだろう。

 改革開放をした中国だけでなく、高度成長の新興国経済に発展したタイ、インドネシア、ベトナムなどのアセアン諸国からも経済再建のモデルを学んで欲しい。