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2013/02/01

<トピックス>私の日韓経済比較論 第25回 韓・チリFTAが農業部門に与えた影響は少ない                                                      大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆豚肉もブドウもダメージ僅少◆

 FTA(自由貿易協定)を結ぶと、貿易利益が得られるとともに、消費者厚生が高まるなど肯定的な効果が期待できるが、その一方で国際競争力が高くない産業では、輸入増加を背景とした生産減といった否定的な影響も生ずる。韓国で生産減に見舞われる産業は、言うまでもなく農業である。

 韓国は2000年中盤以降、積極的にFTAの締結を行っており、今年1月末時点では、チリ、シンガポール、EFTA、ASEAN、インド、EU、ペルー、アメリカとのFTAが発効している。なかでも、アメリカとEUとのFTAが農業部門に与える影響は小さくなく、韓・米FTAにより、発効後15年間の累計で、12兆2252億ウォン、韓・EUのFTAにより2兆6630億ウォン、生産額が減少すると推計されている。

 アメリカやEUとのFTAの特徴は、自由化から除外される主要農産物(ここでは韓国の生産額で30位以内の農産物と定義)は少ないことである。しかしその多くは、10年以上といった長い期間をかけて関税が撤廃される。よって、発効から間もないこれらのFTAが韓国の農業部門に与えた影響を議論するには、時期尚早である。発効後5年以上経つFTAは4つであるが、シンガポールは当然として、EFTAやASEANも、ほとんど農業部門に影響を与えない。EFTAとのFTAでは、韓国の主要農産物のほとんどが新たな義務を課されておらず、現状維持の状況である。そしてASEANとのFTAでも、主要農産物の大多数で関税が撤廃されない(税率が引き下げられるものはあるが)。

 つまり、FTAが韓国の農業部門に与えた影響については、今のところ韓・チリFTAから判断するしかない。このFTAの特徴は、実質的には現状が維持されている主要農産物が多い点である。しかし関税が撤廃されるものも少なくなく、撤廃までの期限は10年以内と比較的短い。また発効後8年以上経過しており、関税が撤廃される品目のほとんどで、税率がゼロに近づいている。

 韓国が初めてFTAを結んだ国がチリであり、前例がなかったこともあり、農業部門への影響が懸念された。政府は3つの研究機関に、農業生産額への影響の試算を依頼し、発効後に5860億ウォン減少するとの数値が最大であった。そしてこれを元に、1兆2000億ウォンの対策費計上など、政府は農業部門を手厚く支援することとした。

 このように心配された、韓・チリFTAの影響を簡単に見てみよう。関税が撤廃される予定であり、2012年において輸入実績がある主要農産物は、豚肉やブドウなどである。まず豚肉であるが、確かにチリからの輸入は、04年には2万3000㌧であったが、12年には3万7000㌧と伸びている。しかし、関税引き下げが始まってから年月が経っておらず、まだ税率も下がっていないアメリカやEUからの輸入も増加しており、輸入全体に占めるチリの比率は逆に低下している。また国内生産量は、11年については口蹄疫発生の影響で大きく減少しているものの、これを除けば概ね横ばいで推移している。よってこれら2つの事実から判断すれば、チリとのFTAによって韓国の養豚業が打撃を受けたとは言えない。

 次にブドウであるが、全体の輸入量は、02年の7000㌧から、12年には5万4000㌧と急増している。そしてこれはチリからの輸入によるところが大きい。また国内の栽培面積は、02年の2万5000ヘクタールから、11年には1500ヘクタールと減少している。よってこれらの事実からは、チリとのFTAは、ブドウ農家には影響を与えたようにも見える。しかし北半球の韓国と南半球のチリでは季節が逆となる。よってチリから輸入されたブドウは、露地栽培ブドウとは競合しない。競合するのは施設栽培ブドウであるが、その栽培面積は、1400ヘクタールから2500ヘクタールに拡大している。よってFTAによってチリから輸入が増え、ブドウ農家に影響を与えたとまでは言えない。

 アメリカやEUとのFTAによる影響が判断できるまでには、もう少し時間が必要であるが、影響が懸念された韓・チリFTAは、韓国の農業部門にダメージを与えなかったようである。