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2013/06/07

<トピックス>私の日韓経済比較論 第29回 高齢者の生活現況                                                      大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆ささやかな幸福の実現に財政のハードル◆

 若者が高齢者に席を譲る。昔は日本でもよく見られたが、韓国の公共交通機関では今でもありふれた光景である。シルバーシートに若者が座ろうものなら、高齢者から怒鳴られることを覚悟しなければならない。韓国では高齢者を敬う儒教の精神が日常生活の様々な場面で見られるが、その生活は厳しいと言わざるを得ない。

 2009年における日韓の高齢世代の可処分所得を比較すれば、韓国は日本の68・4%にとどまっている(OECD購買力平価で通貨換算。以下同じ)。

一方、現役世代を見れば、韓国は日本の96・5%にまで肉薄しており、韓国の高齢者は日本と比較して懐具合が厳しいと言えよう。

 このような高齢者や高齢者予備軍が起こした行動によって今後5年間韓国を担う政権が決まった。

 山口県立大学の浅羽祐樹准教授は、50~60歳代の投票率が高く、圧倒的に朴槿惠候補を支持したことが、同候補の当選要因であると数値により示している。そして朴槿惠候補が強調した、「ささやかな幸福」が50~60歳代の心をつかんだと分析している。

 韓国の高齢者の懐事情が厳しい理由として、国民年金の受給額が少ないことを挙げることができる。先進国の高齢者の所得を見ると、大部分を公的年金が占めている。しかし韓国ではそれが3割程度にとどまり、残りを子からの仕送りや、労働・事業所得が占めている。つまり生活のために、子に援助してもらう、あるいは働き続けている。

 さて公的年金の受給の現状を見てみよう。20年の加入によって資格を得る完全老齢年金の平均支給月額は82万ウォン(約10万5000円)であるが、これを受け取っている高齢者は2011年現在で8万人と少ない。

 また10年以上の加入により資格を得る減額老齢年金の受給者数53万人と比較的多いが、その平均支給額は41万ウォン(約5万2000円)と少ない。それでも年金を受けとれるだけでもましで、2013年における65歳以上人口に占める公的年金受給率は29%に過ぎない。

 公的年金を補完する制度として基礎老齢年金がある。これは年金と名は付いているが、完全な税方式で運営されており、「高齢者手当て」と名付けた方がしっくりする。所得が比較的少ない高齢者に支給されるが、65歳以上人口の70%をカバーするようにされているため、受給のハードルは低い。しかし月額9万5000ウォン(約1万2000円)と小遣い程度の額である。

 朴槿惠大統領は「国民幸福年金」の創設に向けて検討をしている。これは65歳以上の者すべてに月額最高20万ウォン(約2万6000円)を支給する制度であり、基礎老齢年金を発展解消したものである。

 政府の発表では、「国民幸福年金」を維持するためには、今後5年間で17兆ウォンの財源が必要である。これも含め新政権は「国民の幸福」のために80兆ウォンを支出し、その他公約も含めると135兆ウォンの歳出増となる。そして多くを既存の歳出削減、すなわち無駄を省くことによって捻出するとしている。

 しかし、4年前の日本を思い起こしてみよう。公約で示した「子ども手当」の財源は、無駄を省くことで捻出すると言っていたが、これは見事に失敗した。それでは借金をして財源捻出と言いたいところであるが、財政収支の赤字はIS(貯蓄投資)バランスを崩し、経常赤字をもたらす可能性を高める。そしてこれが累積すると、97年に発生したような通貨危機のリスクを高めてしまう。97年の通貨危機は、企業の過剰投資によりISバランスが崩れたことがそもそもの要因と言えるが、政府が財源の裏付けがないままバラマキ政策を行うと同じことが起きる。よって韓国政府は健全財政にこだわる必要に迫られている。

 今後、韓国では日本以上のペースで高齢化が進むので、高齢者向けの支援強化はそのまま財政への負担増に直結する。健全財政を維持しつつ、高齢者のささやかな幸福を実現することは至難の業と言う他はない。