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2016/08/05

<トピックス>明治期外交官・若松兎三郎と韓国:共生のための苦悩 第27回                                   大東文化大学 永野 慎一郎 名誉教授

◆「日韓併合」前年、平壌理事官勤務 流血事態避けるも、複雑な心境に◆

 1909年4月から翌年9月まで平壌理事官として勤務した。ちょうど日韓併合前の年であたので、地方行政の責任者として穏やかではなかった。平壌は韓国の中でも硬骨の人の多い土地柄である。日韓併合という爆弾が仕掛けられたら、流血の事態が生じないとは限らない。若松は不幸な事態が起こらないように心を砕いた。

 懇意にしていた米国の長老教会宣教師モフェットが吉善宙牧師を紹介してくれた。


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