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2018/01/26

<トピックス>切手に見るソウルと韓国 第85回 李巌の『母犬図』                                                         郵便学者 内藤 陽介 氏

  • 郵便学者 内藤 陽介 氏

    ないとう・ようすけ 1967年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。日本文芸家協会会員、フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を研究。

  • 切手に見るソウルと韓国 第85回 李巌の『母犬図』

    1970年10月30日に発行された名画シリーズの切手、李巌作『母犬図』

◆「犬」は家庭の幸福を守ると信じられた◆

 いまさら「おめでとうございます」とは言いづらい日付になってしまったが、ともかくも年が明けてから最初の本連載ということで、今回は干支にちなんで李巌の『母犬図』とその切手についてご紹介しよう。

 李巌は、朝鮮王朝時代の燕山君5(1499)年に生まれた。世宗(第4代朝鮮王)の第4子、臨瀛大君・李谷の曾孫で、字は静仲。朝鮮王朝宗室の出身として、正五品の杜城令の官職も与えられた。

 本貫は全羅北道全州で、これにちなんで、完山(全州の旧称で、現在は全州市南部の区名に残っている)と号した。

 没年の記録はないが、『朝鮮王朝実録』の仁宗元(1545)年1月の条に、李巌が官命を受け、図画署の画員だった李上佐とともに、前年の1544年に崩御した中宗の肖像画の制作に参加したとの記録があるので、少なくとも、1545年までは健在だったことが確認できる。

 日本では〝完山静仲〟の名で古くから知られており、狩野永納(1631~97)の『本朝画史』(1693年刊)では、李巌を室町時代の日本の画僧と誤解したうえで「完山、彩色狗子を善画す 宋の毛益に学ぶ 而して最も佳なり」と紹介している(その後、幕末に朝岡興禎が著した『古画備考』では、『本朝画史』の誤りが修正され〝朝鮮画人〟とされている)。

 李巌が範とした毛益は、中国・南宋の画家で、孝宗の乾道年間(1165~73)、画家として最高の位である画院待詔となった。翎毛(小鳥や小動物)、花竹を得意とし、渲染(色のぼかし)の技法に優れ、鳥を描けば鳴き出して飛び立つばかりに真に迫っていたという。

 李巌は毛益の画風を学び、犬の絵を得意とした。

 現在、李巌の作であることが確実な絵は6点(うち2点は双幅のため、8幅)が伝えられており、その内訳は以下の通りである。
 
 ①双狗子図(日本・個人蔵)
 ②狗子図(日本・個人蔵、双幅)
 ③母犬図(韓国・国立博物館)
 ④花鳥狗子図(韓国・湖巌美術館)
 ⑤花鳥猫犬図(北朝鮮・平壌美術館、双幅)
 ⑥花鳥双雁図(同上)

 このほか、作風から李巌の作品と考えられている無印の絵としては、以下の4点(5幅)がある。

 ①翎毛図(韓国・国立博物館)
 ②花鳥図(韓国・湖巌美術館)
 ③狗子図(日本・個人蔵)
 ④狗子図(米・フィラデルフィア美術館)

 1970年10月30日に発行の〝名画シリーズ〟の切手に取り上げられた『母犬図』は、


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