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2019/04/19

<トピックス>切手に見るソウルと韓国 第99回 朝鮮半島の元号                                                          郵便学者 内藤 陽介 氏

  • 郵便学者 内藤 陽介 氏

    ないとう・ようすけ 1967年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。日本文芸家協会会員、フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を研究。

  • 切手に見るソウルと韓国 第99回 朝鮮半島の元号

                       図1

◆「永楽」が最初の元号、中国の元号使用も◆

 5月1日から、「平成」から「令和」に元号が変わるということなので、今回は、朝鮮半島の元号について、簡単にまとめてみたい。

 朝鮮半島では、西暦391年、高句麗の広開土王が独自の年号として〝永楽〟を用いたのが元号使用の最初とされている。その後も三国時代の高句麗や新羅ではいくつかの独自年号が使われたが、新羅では統一王朝となる直前の650年以降、唐の〝永徽〟が導入され、その後は中国の年号が使用された。

 918年に建国した高麗は、933年まで〝天授〟の年号を用いたが、その後は、中国の年号を採用。950~51年に独自の元号として〝光徳〟としたものの、その後は再び、滅亡まで中国の年号を使用した。

 1392年に建国された朝鮮王朝(李氏朝鮮)は、当初から明の冊封体制に組み込まれていたため、明の年号をそのまま用いていた。その後、清に服属するようになると、公式には清の年号が用いられたが、国内の文書では、〝夷狄〟の清に対する反感と自らを〝小中華〟とするプライドから、干支と国王の在位紀年(例:世宗X年のような紀念法)が用いられたほか、明の最後の元号である〝崇禎〟も使われた。

 これとは別に、おそらく19世紀半ばごろから、朝鮮王朝が建国された1392年を紀元とする〝開国〟の年号も使われている。開国年号の期限は定かではないが、1876年に調印された日朝修好条規には「大朝鮮國開國四百八十五年丙子二月初二日」の日付が記されているほか、1883年10月31日創刊の『漢城旬報』にも「朝鮮開國四百九十二年」の用例がある。なお、甲午改革の一環として開国年号が公式に採用されるのは、日清戦争開戦後まもない1894年7月27日のことである。

 朝鮮の近代郵便事業は1884年にいったん創業されるものの、甲申事変により半月ほどで途絶したが、1895年、甲午改革の一環として再開されたが、その際用いられた消印には〝大朝鮮XX年〟との表記で開国年号が使用されている(図1は大朝鮮五百四年=1895年の消印が押された切手)。

 日清戦争の結果、下関条約により朝鮮は清朝の冊封体制から脱して独立国となったが、


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