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2020/09/25

<トピックス>切手に見るソウルと韓国 第116回 韓国とフィリピン                                                 郵便学者 内藤 陽介 氏

  • 切手に見るソウルと韓国 第116回 韓国とフィリピン                                                 郵便学者 内藤 陽介 氏

    ないとう・ようすけ 1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。日本文芸家協会会員、フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を研究

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       国連軍参加国に感謝の切手

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    韓比国交60周年の記念切手

 今月5日、SNSのTikTokで1500万人以上のフォロワーを抱えるフィリピンのベラ・ポーチさんが、自らのタトゥー(赤い心臓から16本の赤い光線が出ているデザイン)を公開したところ、韓国人ユーザーから「旭日旗を連想させる」との批判が殺到し、翌6日、ポーチさんが謝罪に追い込まれた。

 ところが、ポーチさんの謝罪後も、一部の韓国人ユーザーが「(フィリピン人は)教育を受けられていない」、「背が低くて貧しい」などと繰り返したことから、フィリピン国内でも反発が強まり、9日にはツイッターで#Cancel Korea(韓国をキャンセルする)のツイートが35万件を超える騒動になった。

 というわけで、今回は韓比関係についておさらいしてみよう。

 第二次大戦中、日本軍はフィリピンを占領し、朝鮮出身の洪思翊中将も1944年に比島俘虜収容所長としてフィリピンに赴任。同年12月には在比第14方面軍兵站監となって1945年の終戦を迎えたが、戦後、収容所長時代に食糧不足から捕虜に十分給養できなかった責任を問われ、戦犯として処刑された。

 自らについては沈黙を守り、他の被告を弁護する発言に終始した中将の高潔な姿は多くの人々に感銘を与え、米軍政下の南朝鮮でも救命嘆願の運動が行われた。

 第二次大戦後の1946年7月4日、フィリピンは米国から正式に独立したが、小作料値下げなどをめぐって農民と政府の対立が深まると、1947年、フィリピン共産党傘下のフクバラハップ団(もともとは日本占領時代の抗日組織)が再建され、武力抗争を展開した。これに対して、米国はフィリピン政府と軍事基地協定を締結し、共産主義の伸長を抑え込もうとした。

 こうした事情から、1948年8月15日に大韓民国が成立し、同年12月12日、国連総会で韓国が「朝鮮にある唯一の合法的な政府」とされると、翌1949年3月3日、フィリピンは東南アジア諸国として初めて、反共の同志である韓国と外交関係を樹立する。 1950年6月、朝鮮戦争が勃発すると、同年8月、フィリピン政府は共産軍と戦うべく国連軍への参加を表明し、9月19日、韓国遠征フィリピン軍(PEFTOK)最初の部隊が釜山に上陸した。

 10月以降、PEFTOKは米第25歩兵師団と共に、仁川上陸作戦以降も韓国南部に残っていた朝鮮人民軍ゲリラの掃討戦に参加したが、彼らは反共意識が強く、士気も高かった。

 PEFTOKは、1951年4月には、漣川北方の臨津江の攻防戦に参加したほか、1952年3~6月の鉄原近郊の“イアリー・ヒルの戦い”などでも活躍したが、特に、後者の戦闘では、米ウエストポイントの士官学校を1950年に卒業したばかりのフィデル・ラモス少尉が小隊を率いて中国人民志願軍を撃退し、国民的な英雄となった。その後、ラモスは栄達を重ね、国軍参謀総長、国防相としてアキノ政権を支え、1992~98年には大統領を務める。

 1955年にPEFTOKが朝鮮半島から撤退するまでの間、最終的に7420名のフィリピン兵が朝鮮の地を踏み、112名が戦死、朝鮮戦争中の1951年には他の国連軍参加国と共に、フィリピン軍の参戦に感謝する切手も発行された。

 その後も、韓国とフィリピンは南ベトナム支援のためベトナム戦争に派兵するなど、緊密な友好関係を維持し続けてきた。国交樹立60周年の2009年は“韓比友好年”とされ、国交樹立の記念日にあたる3月3日には、フィリピンを象徴する題材として、毎年2月にバギオで開催される花まつりのパナグベンガ・フェスティバル(パナグベンガはバギオで話されるカンカナイ方言で“芽吹きの季節”の意味)を題材にした切手も発行された。

 このように、フィリピンと韓国は長年に渡る友好国で、近年はK―POPや韓国ドラマの人気もあって、フィリピン人の間でも韓国に対する好感度が上がっていただけに、ポーチさんの一件は本当に残念だ。 なお、フィリピンでは太陽が国のシンボルとされており、国旗や国章にも太陽がデザインされている。したがって、ポーチさんのタトゥーも、旭日旗とは全く無関係に、単純に太陽のイメージでデザインされた可能性が高いことも付記しておきたい。


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