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2004/11/05

<鳳仙花>◆韓国現代史に迫る映画◆

 韓国社会の問題点の一つに権威主義体制がある。ただ権威に盲従するだけのシステムが社会全体に染みわたり、人の心までも縛ってきた。60年代から70年代は、特に権威主義がはびこった時代といわれている。

 その時代を背景にした韓国映画『大統領の理髪師』が今春韓国で公開。そして先月末に行われた東京国際映画祭のコンペティション部門で上映されて、話題を集めた。

 映画の主人公は大統領官邸近くの孝子洞に住む理髪店の店主。満足な教育を受けずに育ち、政治のことは何もわからない、ただ時の政権を支持して生きることしか知らない男が、ふとしたことで大統領の専属理髪師となるところから物語は始まる。

 60年の学生革命、61年の軍事クーデター、68年の北の武装スパイ侵入事件、そして79年の大統領暗殺事件など政治は大きく揺れるが、理髪師の男性は何も分からず、ただ権力者の散髪をし、ご機嫌を伺うだけの日々を過ごす。

 でっち上げのスパイ事件があって自分の子どもが間違って疑われ、情報部に連れて行かれても、ただ耐えるしかない。

 これが初監督となるイム・チャンサン監督(35)は、「あの混乱の時代を生きた父親世代は、多くがああいう愚かともいえる普通の人たちだった」として、「父親世代への愛情とともに、同じ時代を再び繰り返さないようにとの思いを込めて映画を作った」と語る。

 権力と庶民の関係をテーマにした一級の風刺劇であり、父親が権威への盲従から脱皮しようとするラストは、それまで虐げられ続けてきた庶民への「賛歌」といえる。

 東京国際映画祭では最優秀監督賞と観客賞を受賞し、来年日本で全国公開されることも決まった。

 『冬のソナタ』などテレビドラマだけではわからない韓国の歴史を知ってもらう上で、この作品は大きな一助となるだろう。(L)