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2009/10/09

<オピニオン>相互依存の韓日関係                                                                               ~日韓・韓日海底トンネル構想~                                                  大東文化大学 永野 慎一郎 教授

  • 大東文化大学 永野 慎一郎 教授

    ながの・しんいちろう 1939年韓国生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。英シェフィールド大学博士課程修了。現在、大東文化大学経済学部教授、同大学大学院経済学研究科委員長。

 「近くて遠い国」と言われてきた日本と韓国だが、相互交流と理解が深まるなか、両国を結ぶ海底トンネルをつくろうという動きが活発化している。1980年代に探査用トンネル建設工事が始まり、2000年以降は各種調査が進展し研究成果も出揃っている。トンネル建設が未来志向の日韓関係の架け橋になると主張している永野慎一郎・大東文化大学教授に寄稿していただいた。

 日本と韓国は一衣帯水の間柄でありながらも「近くて遠い国」と言われていた。しかし、近来になって、相互交流と理解が深まり「近くて近い国」の関係になりつつある。

 その良い例が、両国民の相互往来の増大である。年間484万名が両国間を往来している。2007年の日本人の韓国訪問者は223万6000名であり、2008年には237万8000名に増加した。韓国人の日本訪問者は2007年の260万名から2008年には238万2000名に減少した。円高ウォン安が影響したものと思われる。年間200万名以上の外国人が日本を訪問したのは韓国だけであり、韓国人が1999年以来10年連続首位の座を占めている。2007年に日本を訪問した外国人834万7000名のうち31%を韓国人が占有している。

 日韓両国間で、経済、文化、芸術、スポーツ等、幅広い分野での交流が進展している。日本の25空港から韓国の3空港に直行定期便が運航しており、羽田-金浦(キンポ)間では1日8便ずつチャーター便が運航している。現在、日韓両国間には123組の姉妹都市が提携され、地方レベルでの交流も拡大されている。人の往来のほとんどは空路が活用されている。

 日韓両国において、海底トンネルをつくろうという動きが活発化している。日本の九州と韓国をトンネルで結ぶ構想である。日韓両国間で海底トンネルが完成すれば、日韓間で人の往来だけでなく、物流の移動が急増し、経済的な波及効果は極めて大きいと見られる。それ以上に重要なことは、韓半島を含む東北アジア地域の平和と安定への貢献であろう。

 日韓海底トンネル構想は、1930年代に「大東亜縦貫鉄道構想」から始まり、大日本帝国経済圏地域間の物資輸送などの交通手段として計画され、ボーリング調査などが実施されたが、第二次世界大戦の激化と日本の敗戦によって頓挫した。

 1980年代に入って、日韓海底トンネルの建設についての構想が再浮上した。日本側においては、技術者の西堀栄三郎、地質学者の佐々保雄などを中心に研究が始まり、1983年に推進団体として日韓トンネル研究会が設立された。同研究会は政策・理念、地形・地質、設計施工、環境・気象の4つの専門委員会を設置し、25年間にわたり調査研究した結果、トンネル建設は可能という結論を出した。1986年には、佐賀県唐津に探査用トンネル建設工事を始め、調査坑を400㍍ほど掘っている。日韓トンネル研究会は2004年2月に特定非営利活動法人(NPO)化し、海底トンネルの実現に向けて活動中である。

 大手建設会社の大林組も1980年代に東京とロンドンを結ぶ「ユーラシア・ドライブウエー構想」の一貫として、日韓トンネル構想を公表した。大林組の構想によれば、東松浦半島から壱岐までは、この海域に点在する加部島、加唐島、名島を結ぶ吊り橋と斜張橋を連続して建設する。総全長32㌔㍍の橋で渡る。壱岐から対馬までは青函トンネルと同様に60㌔㍍の海底トンネルを掘削して対馬の南端に上陸する。対馬島内は地上を縦断し、対馬から釜山までの朝鮮海峡は水深が220㍍もあり、海底断層が存在する上に地盤が軟弱であるため、海底に支持架を建設して円筒形のトンネルユニットを据え付ける海中トンネルの建設である。当時の技術力で実現可能な構想と言われた。

 日本と韓国を結ぶ海底トンネルは両国政府による共同事業でなければならない。日韓両国民の間に歴史上のわだかまりが依然として存在しており、このような共同事業に取り組む余裕などなかったと思われる。しかし21世紀に入り、両国関係は、従来の冷めた国民感情から、相手の文化を尊重し、認め合うような成熟した関係へと変わりつつあることに着目しなければならない。2002年のサッカー・ワールドカップ共同開催を契機に、民間交流が拡大している。金大中政権によって実施された韓国における日本文化の開放も交流拡大に役立った。それまで韓国は、日本の大衆音楽、映画、漫画などいわゆる大衆文化を禁止していた。日本の大衆文化を解禁し受け入れることで、韓国文化の輸出が自然な形で行われ、ドラマ「冬のソナタ」などが日本で大人気となり、いわゆる「ヨン様」に代表される「韓流ブーム」が起きた。一方、韓国においても「日流ブーム」が起きており、日本のテレビドラマや映画、それに日本の小説も高い人気を博している。人の往来だけでなく、文化交流も双方向で進行している。

 1988年に34万名に過ぎなかった韓国人の年間日本訪問者数が20年間で約8倍の260万名に急増した。その間、韓国経済の高度成長によって国民の生活水準が上昇し、余暇を楽しむ余裕ができたからであろう。日韓間では、首脳のシャトル外交を始め、さまざまなレベルでの交流が進展しており、日韓間の距離は確実に短くなりつつある。

 日本と韓国を結ぶ海底トンネル建設は日韓両政府間で公式的な合意に達していないが、各種調査は進展し、研究成果も出揃っている。実現のためのプロセスが残っているだけだ。

 海底トンネル建設についての日韓両国の動きを見ると、1989年に日韓議員連盟会長の竹下登元首相が与党自民党に検討を指示しており、1990年に訪日した盧泰愚(ノ・テウ)大統領や91年に訪韓した海部俊樹首相も海底トンネルに言及し、推進の意向を示した。2000年9月に訪日した金大中(キム・デジュン)大統領は「韓日海底トンネル建設」の構想を森喜郎首相に提唱した。これを受けて、同年10月、ソウルで開催された第3回アジア欧州会議(ASEM)首脳会合で、森喜郎首相が日韓トンネルの共同建設を韓国側に提案した。

 2002年4月から韓国政府の委託を受け、交通開発研究院が技術的問題点や、日韓の工事費負担の割合、韓国にとっての交通・物流戦略上の価値などについて分析を行った。

 2003年2月25日、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が就任式直後の小泉純一郎首相との首脳会談で、「北朝鮮問題が解決すれば経済界から取り上げられるだろう」と語った。

 このような状況下で、盧武鉉政権当時、韓国交通研究院と韓国建設産業研究院は建設交通部の委託を受けて「韓日トンネル必要性研究」を行ったが、約100兆ウォン(約12兆円)ともされる建設費用の財源不足などを理由に「建設の妥当性はない」とする報告書をまとめた。しかし推進派は、韓日トンネルの経済性に対する否定的な分析は建設業および他の産業への波及効果を全く考慮しないもので、雇用創出や建設景気の波及効果を考慮に入れれば十分に妥当性はあると反論している。

 日韓両国の首脳レベルでの関心が示されたにも関わらず、政府レベルでの合意は至っておらず、水面下で活発に議論されている段階である。2006年11月、ハンナラ党の任太煕(イム・テヒ)議員はソウルで開かれた学術会議で「韓日両国が共同事業として取り組むべきだ」と主張し、「1日1万名以上が両国を往来する時代に空や海の輸送だけでは役不足とし、実質的に両国関係を改善する手段にもなり、国家レベルの支援が求められている」と述べた。

 2008年に入ると、日本の政界も動いた。九州出身の与野党大物議員を中心に日韓海底トンネル推進議員連盟が超党派で結成された。自民党の衛藤征士郎議員(現衆議院副議長)を代表に、民主党の鳩山由紀夫・現首相、公明党の神崎武法・前代表、社民党の重野安正・幹事長、国民党の亀井久興・幹事長などが名を連ねる超党派議員連盟である。

 同年10月、朴三求(パク・サムグ)錦湖(クムホ)アシアナグループ会長は、日韓両国財界の会合において、「韓日両国間の観光交流の増進のために日本と韓国を結ぶ海底トンネルの建設が必要である」と提案した。朴会長は「海底トンネルを通じヨーロッパが一つになった代表的な例が英仏海底トンネル」であるとし、「1994年に開通した英仏トンネルを通じて現在まで2億1000万名の旅客と1億7000万㌧の貨物が英国とヨーロッパ大陸を往来し、ヨーロッパ経済活性化に貢献している」と述べた。さらに「韓日海底トンネルがいずれ韓中トンネルと連結されれば、中国やロシアなど東北アジア地域はもちろん、将来はヨーロッパと連結され、ユーラシア大陸横断の大動脈が完成される」と付け加えた。

 地方自治体レベルでも本格的な研究が始まった。釜山市と釜山発展研究院は、東北アジア複合交通ネットワーク構築に向けて、交通、物流、社会・文化、経済分野の専門家で「韓日海底トンネル・タスク・フォース(TF)チーム」を構成し、海底トンネル事業の妥当性について検討を始めている。許南植(ホ・ナムシク)釜山市長は、「国境の概念が消える超広域的国際状況に対処し、経済発展を図るために、海底トンネル効果などに対する研究に入った」と話した。

 現在、検討されている日韓海底トンネルの有力な路線は3つある。

 Aルート…唐津―壱岐―対馬(下島)―巨済島(コジェド、総延長209㌔、うち海底区間145㌔)

 Bルート…唐津―壱岐―対馬(上・下島)―巨済島(総延長217㌔、うち海底区間141㌔)

 Cルート…唐津―壱岐―対馬(上・下島)―釜山(総延長231㌔、うち海底区間128㌔)

 これまで各方面から問題提起がなされ、海底トンネルの可能性及び経済性などについて分析がなされた。建設に必要な費用は10兆~15兆円、建設期間は約10年という調査結果も出ている。日韓両国の現在の技術と経済力からすれば、建設は可能である。両国政府が共同プロジェクトを編成して両国民の合意を導きながら、積極的に取り組むべき時機であると考える。「橋を架ける」ことは両側に利益があるのであって、一方だけ得する次元ではない。「共通の利益」という認識が必要であり、信頼関係の構築が必要である。日韓海底トンネルの建設が未来志向の日韓関係の架け橋になることを切に望みたい。


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