ここから本文です

2000/10/06

<在日社会>隣国への理解深めよう

 韓国の歴史・社会・文化について、韓国の研究者によって書かれた第1級の学術書をシリーズで翻訳紹介する「韓国の学術と文化」が、法政大学出版局から発行されている。日本でほとんど知られていない韓国の学者の著作を、今後2004年まで30冊以上を紹介する貴重な出版だ。

 同シリーズの監修にあたっているのが、田中優子・法政大学教授である。「韓日学術交流の新時代を築く基礎としたい」と発行意図を語る田中教授は、大学の授業でも在日文学を行うなど、韓日交流に取り組んでいる。


 同シリーズのプロジェクトは、外務省の外郭団体である日韓文化交流基金が立てた。韓国の優秀な学術書を紹介することで、韓日相互理解に役立てたいとの意図からスタートした。

 金大中政権の分析を行った99年3月第1回配本「韓国現代政治の条件」に始まり、現在は第5回配本「私の文化遺産踏査記」が発行された。韓国に残る貴重な遺跡、仏教美術を踏査したルポで、韓半島の歴史と美への愛着が伝わり、ベストセラーになった作品だ。
 

 「韓国では日本関連書籍の出版ラッシュだが、日本では北関連のセンセーショナルな本が目立ち、学術書となるとほとんどないので企画が立てられた。韓国への植民地支配を知っている人と知らない人が混在している現在の日本に、隣国への正しい眼差しを持ってもらいたかった。韓国では90年代から自国の歴史や文化を見直す動きが起きている。アイデンティティを求める動きだ。それも紹介したい」と、田中教授は語る。


 その田中教授は、韓国とは直接関わりのない江戸文学の専門家。同シリーズを担当することになったのは、「著作紹介に情実が入らないようにとの外務省の配慮」からだ。担当者となってからは、韓日の多くの研究家に会い選考を重ねてきた。
 「著名な学者だけでなく、日本にほとんど知られていない若手学者の著作も選んだ。若い世代にも親しく読んでもらえるとともに、韓日の学者ともに納得してもらえる内容のシリーズにしたい」と話す。
 今後の著作では、「韓国の藁・草の文化」が80㌻以上の図表と写真を用いて、韓国にいまだ残る藁と草の文化を紹介した意欲作。ほかにも韓国古典文学の魅力を伝える「春香伝の世界」地方自治の現状を分析した「現代韓国の地方自治」などが予定されている。
 
●在日文学の講義も

 江戸時代に関する著作を多数発表している田中教授は、江戸文学を通じて、韓国、中国の研究も進めてきた。
 「韓国、日本、ベトナムの近世文学は、中国文学から影響を受けている。朝鮮半島の印刷技術が伝わったおかげで、江戸文化が発展した経緯もある。アジアの文化を比較・研究することで、日本文化が見えてくる」と話す。


 田中教授が痛感しているのが、日本の若者たちの韓国に対する知識の無さである。「韓国の若者の日本への関心と比べて落差がありすぎる」うえに、大切な隣人である在日コリアンについてもほとんど知らない。そのため教養学部の授業時に、「日本の中のマイノリティ文学」と題した講義を行い、柳美里、梁石日、最近芥川賞を授賞した金城一紀の作品などを使って在日と韓国理解に取り組んでいる。


 「日本の若者は、きっかけがあれば韓国に関心を持つ。小中学校でほとんど教育を受けていないのが問題。柳美里の作品を通して、家族の普遍的な問題を考え、梁石日の作品で生き抜くことの苦悩を感じてくれている。また在日の学生で、自己の歴史をはじめて知ったという人もいた。在日文学の教育的効果を感じた」


 在日への理解をもっと広げたいと考える一方で、在日の若者に対しても、「日本の非多様性な環境を抜け出すには、他の国を知ることが一番。在日の青年はルーツである韓国をもっと知ることで、視野を広げられると思う。直接韓国に接し、またこのシリーズもぜひ読んでもらいたい」と強調する。


たなか・ゆうこ 1952年、横浜生まれ。法政大学文学部卒。同大学院博士課程終了。現在、法政大学第1教養部教授。