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2002/09/20

<総合>半世紀超えた 敵対関係清算へ英断

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        共同宣言の署名を終え握手する両首脳

 小泉純一郎首相の劇的な北朝鮮訪問で、朝日は関係改善へ向けた大きな一歩を踏み出した。金正日総書記は小泉首相との首脳会談で、これまで一切認めてこなかった拉致事実について公式的に認め、謝罪するとともに「これからは絶対ない」と再発防止を約束した。「過去の非を認めるという外交上ありえないこと」(90年の自民・社会党訪朝団メンバーの武村正義・元官房長官)にまで踏み込んだ金正日総書記の姿勢が小泉首相をして「誠意ある対応をするという感触」を得させ、国交正常化交渉の10月再開を決意させた。「8人死亡」という痛恨の事実を前に遺家族をはじめ国民感情を刺激しているのは事実だが、今回の首脳会談が半世紀を超える敵対関係を解消する大きなきっかけをつくったのは間違いない。両トップが署名した共同宣言で、北朝鮮は植民地支配の補償について日本側の求める経済協力方式での支援を受け入れた。また、核問題解決に向けた国際合意順守、来年末に凍結になっているミサイル発射実験を無期限延期するという内容にも合意している。今回の首脳会談でみせた驚くべき率直さ、大幅な譲歩はこれまでの北朝鮮外交では前例のないことだ。何が北朝鮮をここまで動かしたのか、そこには生き残りを賭けた重大な政策転換があったようだ。

 ◆ルビコン川渡った北朝鮮

 「北朝鮮は戻ることができないルビコン川を渡っているその最中だ」と韓国の専門家は言った。ルビコン川とは、古代ローマ時代、ガリア(フランス)との境を流れる川。紀元前49年、東方で戦果を上げたポンペイウスとの戦いを決意したカエサルが「賽(さい)は投げられた」と言って、元老院令を犯してこれを渡った。禁を犯しての渡河であり、途中から引き返すことはできない命をかけての決断だった。金正日総書記がそれと似た決意で対日交渉に臨んだことを言うために持ち出した故事だ。

 実は、北朝鮮はいま国内外とも厳しい局面打開に迫られている。米ニューズウィーク誌は最近、2010年に民衆蜂起で金正日政権崩壊のシナリオを描いたが、その兆候がいたるところにある。食糧危機、大量の脱出劇、さらには米国の攻撃圧力にさらされている。外交的にも軍事的にも経済的にも孤立状態にある北朝鮮が国際社会を相手に一種の賭けに出てとみていい。このままでは国を続け体制を守りきるのは困難と判断したのだろう。そのため、国際社会で協調できる国家に変身するため改革と開放の路線に大きく政策のカジを切ったふしが随所に見え隠れする。

 金正日政権の体制固めを終えた90年代後半にそのような判断をしたように見える。2002年の南北頂上会談はその最初の成果であり、相次ぐ中国、ロシアとの首脳会談はその布石だ。また、2000年代に入っての米国の同盟国である英国、ドイツなどEU(欧州連合)との相次ぐ国交正常化もその外堀を埋めるための作業といえる。その目標は、米日との国交正常化であり、安保は米国の保証をとりつけ、経済は日本から資金引き入れで再建しようという戦略だ。

 だが、この改革・開放政策は、外部情報を遮断しきれずへたをすれば体制崩壊にもつながる。諸刃の刃であるわけだが、一度この政策を推し進めればもう後戻りはできないところに北朝鮮の大きなジレンマがある。その意味でルビコン川を渡った後が本当の意味で注目される。


 ◆周辺諸国も一様に歓迎

 今回の首脳会談結果に対して、国際社会が一様に歓迎、支持している点が重要だろう。中国、ロシアははもちろん、米国も歓迎を表明した。国連のアナン事務総長も「地域の平和と安定に貢献」と高く評価している。食糧や燃料など数億㌦を支援している中国にとって、大量の難民が押し寄せている現実にてらしても、好ましい結果とみている。「ブッシュ政権は核やミサイルで小泉首相がとりつけた約束は米国が果たせなかったことであり、北朝鮮のこうした表明を評価すべきだ」という中国人専門家の指摘もある。ロシアは「勇断の一歩」と絶賛。米国は今回の合意に対して核やミサイルで難癖をつけるのは難しい。EUも「成果を歓迎」。今回の朝日首脳会談について反対する国はみられない。生き残りの経済改革のため国際社会の支援が不可欠と判断した北朝鮮の積極外交が大きな布石になっている。

 金大中大統領は、小泉首相に対してトップ同士が直接会って話すことを再三アドバイスしてきた。今回の結果は、国内では野党の厳しい批判にさらされている太陽政策の継続に大いにプラスになった。経済的サポートの負担軽減を期待する声も聞こえるが、やはり南北関係の改善に直結するとの期待が大きい。


 ◆日本マネー100億㌦投入か

 北朝鮮はすでに通貨ウオンレートを米ドルに対して従来の70分の1に切り下げ、物価を闇相場に接近させる一種のデノミネーションを断行している。今後、この北朝鮮の経済改革が成功するためにも日本からの資金協力が重要な意味をもってくるが、国交正常化が実現すれば経済協力資金が60億から100億円が北に投じられる見通しだ。日本産業界にとっては、鉄道や港湾、通信などのインフラで取りっぱぐれのないビジネス環境が出てくる。

 貿易も当然拡大する。いま日本市場に出回っているアサリの50%以上は北朝鮮産であり、松茸など北の農水産物は日本の食生活にも深く浸透。今の朝日貿易は年間4億6000万㌦で、にすぎないが、代金未払い問題で停止された貿易保険の適用が検討され始めた。


 ◆謝罪、処罰、再発防止明言

 北朝鮮は日本が認定した拉致被害者8件・11人の安否を知らせ、北の犯行であることを認め謝罪。国際事件を解決させるためのセロリーである謝罪・処罰・再発防止をきちんと踏まえている。

 金総書記は小泉首相に対して直接謝罪した上で、「これからは絶対ない」と言明した。共同宣言にも「このような遺憾な問題が再び生じないよう適切な措置をとる」と明記、再発防止への明確な意思表示をしている。米国に対してはミサイルの発射実験の無期限凍結などを表明、日本が国交正常化交渉に入る上での米側の障害をクリア。北朝鮮の対面を捨てての思い切った交渉は成功、ボールは米・日に投げ返された格好だ。

 だが、日本の有力紙社説の中に、国交正常化を急ぐべきでないという論調があった。これは、拉致被害者のうち8人の死亡が大きな障害になっているからで、責任追及と死亡状況の詳細な解明が日本側の交渉の優先課題に浮上した。当初、交渉が再開されれば、比較的短期間にまとまるのではないかと見ていた外務省も東京での開催を断念。交渉長期化論が出ている。

 しかし、北側は今回の交渉でみせたように従来と違って大きく譲歩する可能性が高い。中国側からは「年内正常化を決定する可能性もある」との見方が出ている。

 日本では与党は部分的な批判はあっても概ね評価しており、野党は意見が割れているが、国交交渉再開そのものに反対する意見は少数派だ。半世紀を超す敵対関係の清算を日本自身急がざるを得ない事情がある。植民地時代の強制連行、日本語・創始改名の強要という負の歴史に区切りをつけたいからだ。また、東北アジア、世界平和のため、日本がその役割を担うことは大きな意味がある。共同宣言は「国交正常化を早期に実現する」とうたっている。双方の国益になると判断したからだ。

 「8人死亡」という痛ましい現実はあるが、それに目が曇ってはならないだろう。日本側の出方が注目される。