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2009/08/21

<オピニオン>縮む世界経済と韓日 第12回                                                            総合開発研究機構 伊藤 元重 理事長

  • 総合開発研究機構 伊藤 元重 理事長

    いとう・もとしげ 1951年静岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。米ロチェスター大学院終了。経済学博士。小渕内閣「戦略会議」、森内閣「IT戦略会議」で委員を務める。米ヒューストン大学助教授、東京都立大学教授、東京大学教授などを経て2007年から東京大学大学院経済学研究科教授。06年から総合開発研究機構理事長。著書に「グローバル経済の本質」など多数。

 昨秋のリーマン・ショック以降、世界を襲った金融危機は最悪の状況を脱し、アジア経済には底打ちの兆しが見える。世界全体で500兆円規模の景気対策が行われているが、今後は輸出依存の産業構造を転換し、新しい成長産業を育成する必要がある。韓国と日本もASEAN(東南アジア諸国連合)やインドを含めた広域の経済協力関係の強化が求められている。世界経済の行方と韓日の役割をどう見ているのか、総合開発研究機構の伊藤元重理事長に話を聞いた。

 ――景気回復の兆しが見え、経済協力開発機構(OECD)も加盟国の来年成長率を上方修正したが、いまだ楽観できない状況だ。世界経済の現状認識について聞かせてほしい。

 リーマン・ショック以降の金融危機の最悪の状態を脱したと見ている。そのような意味で、多少楽観的な見方もできるが、金融危機以降、失業率の低下などの問題が深刻だ。また、アジア経済は底打ちの兆しを見せているが、ヨーロッパは悪い。このように地域的な差もあるので、今後1年くらいの間で順調に回復に向かうのかどうかは不透明な状況だ。

 ――米国の景気回復については見方が分かれるようだが。

 日本も同様だ。良い要素と悪い要素が混在していて、マーケットも動向を読みきれていない。株価も暴落はしないが、急上昇することもないという雰囲気だ。

 ――金融危機後にG20首脳会議が開かれるなど、グローバルな対応が図られた。裏返せばG8に代表される欧米日が主導する時代の終焉を意味すると思われる。その意味をどう考えるべきか。

 金融問題だけでなく、地球温暖化の問題や、世界貿易機関(WTO)での交渉などで、中国、インド、ブラジル、ロシアなどの新興大国をいかにしてグローバルな枠組みに組み入れていくのかということが大きなテーマになると思う。ただしG20に拡大すると加盟国が増え、全体会議の中で一国の首脳の発言時間も限られてしまうという問題がある。そこでEU(欧州連合)、北米などというように枠組みを再調整することも必要になると思う。

 ――韓国と日本は経済危機克服に向けて金融財政面で積極的な政策を続ける一方、エコ重視など産業構造の転換を図っている。両国の対応をどう評価するか。

 金融危機に対する緊急対策として財政出動を続けるのはやむを得ないと思う。韓日だけでなく、世界全体で500兆円規模の景気対策が行われている。今回の金融危機は、1929年にアメリカ合衆国のウォール街で起きたパニックをきっかけに世界各国を襲った大恐慌に匹敵すると思うが、各国が大胆な財政政策と景気対策を行っているので、大恐慌を防ぐことができた。政策の中身は別として、両国とも時間が少ないなか、財政出動をともなう金融対策を進めたことは重要だったと思っている。今後は構造転換を本格的に進める必要があると思う。今回は、経済危機が起こったために、むしろ大胆な構造転換が行える側面もあるのではないだろうか。

 ――今回の米国発金融危機では、韓国や日本、中国、ドイツなど輸出依存度の高い国が大きな被害を受けた。そのため内需振興論が台頭しているが、韓国などは資源も少ないので「諸刃の剣」ではないかとの印象も受けている。

 輸出依存ということは2つの側面を内包している。一つは自動車や電子などの特定分野に依存しすぎたという議論だ。もう一つは、国内で生産したものを海外に輸出することに依存しすぎたという指摘だ。韓国と日本が違う点は、日本では2000~2007年の間に、過去30年間で円安がもっとも進んでいたということだ。そのため自動車や電気製品の対米輸出が加速した。ところが今回の経済危機を機に、海外展開が加速している。日本の海外M&Aは、2004年の7000億円から2008年に6兆円に増えた。日本の輸出産業は、最大市場に成長している中国や、アメリカ、インド、東南アジアに進出して現地の需要に応えるものを生産するという流れになるだろう。ただし、この流れが進みすぎると、国内の製造業で失業者が増えるという問題が起こる。そのため、医療や環境、食料、住宅などの内需型産業を強化していかなければならないと思っている。

 日本の場合、年間可処分所得に対する国民の1人当たり金融資産(ローンを除く)の割合は4倍と高い。イギリスやアメリカは3倍、ドイツやフランスは2倍程度だ。つまり日本人は貯めすぎているということだ。老後の年金、医療などの社会保障を心配するあまり、過剰に貯めている傾向がある。それを消費に回す仕組みにするためには医療や年金制度の改革が必要になる。それが上手く進めば、関連産業の拡大につながると思う。

 ――資本主義は修正を重ねながら発展を遂げてきたが、耐用期限が切れたとの議論もある。さらにはマルクス再評価の動きも一部で出ているようだが、「ポスト資本主義」についての意見を聞かせてほしい。

 貧困の問題を重視しすぎると、貧困がますます深刻になる。北朝鮮が良い例だ。他方で、市場に任せすぎると、かえって市場を壊してしまう恐れもある。どちらも行き過ぎは良くないということではないだろうか。日本の場合、市場原理主義で上手くいかないからマルクスに振れるということが危険だ。つまり、今回の危機の教訓は市場の力だけに頼るのではなく、政府の役割やコントロールが必要だということを認識させたことだ。

 ――不況のトンネル脱出は近いかもしれないが、そこは雪国どころか異次元の世界かもしれないと辻井喬氏は言っている。トンネルの向こうには、どんな世界経済が待ち受けていると予想するか。

 今回の金融危機を招いた構造的な要因は2つある。ひとつは先進国が急速に高齢化しているため「金余り現象」が起きているということだ。それが新興国や不動産、石油エネルギーに投資されて金融過熱を起こしてしまった。もうひとつはIT(情報技術)の進歩で経済のグローバル化が進み、それが過熱して不況を招いたということだ。基本的に、この流れに大きな変化は起こらないと思うが、中国やインドなどの新興大国に経済の軸が移っていくことは確かだろう。米国も世界の人材を吸い上げながら毎年300万人ずつ人口を増やしており、今後も伸びていくだろう。ただし、環境・人口・食料問題がさらに深刻になってくるだろう。日本に関して言えば高齢化が進むので、今とは異なる社会に進まざるをえないだろう。

 ――韓国と日本のFTA(自由貿易協定)交渉の実務者協議が再開したが。

 アジアの大きな流れは、日韓中とASEAN(東南アジア諸国連合)、インドなどを含めた広域の経済協力関係を深める段階に来ている。特に地域の大きな存在である日韓中の連携は大事だと考えている。最終的には、政治の判断が重要になると思う。

 ――経済人同士では共同市場をめざしてもよいという認識が芽生えていると思うが。

 日本には農業の問題がある。農業団体が反対しているわけではないが、いまだ市場開放への抵抗感が残っていると思う。また、韓国では自動車業界が日本車の輸入増を憂慮する立場から警戒感が根強く残っているのではないかと思う。財界人同士でも、建前ではFTAの必要性を唱えていても、本音では慎重な意見を持っている人もいる。仮にFTA締結に時間がかかるのならば、他の分野で自由化進めることもよいのではないかと思う。たとえば日韓中で航空協定を結んで航空会社が自由に路線を設定できる「オープンスカイ(航空自由化)」をやってみたら面白いのではないか。ワーキングホリデイの渡航者数の枠を拡大したり、投資協定などを通じてFTA締結へ向けた基盤づくりを進めていったらよいと思う。もっとも政治が混乱しているので、FTA締結への政治的リーダーシップを発揮しにくいことも確かだ。

 ――アジアの時代といわれて久しいが、韓日中の世界経済のウェートは確実に高まっている。激変期における韓日協力のあり方について提言をお願いしたい。

 さまざまなことをやればよいが、日韓に限らず、現代の流れは2国間ではなく3国間で連携した場合に良い結果を生むケースが増えているようだ。基本的には日韓が協力する枠組みを中国や、米国、ASEANなどに拡大していくことを模索してもよいと思う。


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