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2010/07/02

<オピニオン>自動車業界の開発文化                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。08年度より秋田県学術顧問併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から62 回までの記事掲載中)

 韓日間の経済交流が活性化する中、韓国企業で働く日本人技術者やビジネスマンが増えている。本田技術研究所のチーフエンジニアを経て、2004年にサムスンSDI中央研究所の常務に就任、現在は拠点を東京に移し、日本サムスンに逆駐在の形で席を構えた佐藤登さんの異文化体験記をお届けする。

 昨今の自動車での電動化という大きな流れが押し寄せている中、今やグローバル環境自動車の開発ができなければ、世界市場において大きな苦戦を強いられるだけではなく、企業の生き残りがかかるほどの重大な要素となってきた。

 筆者は以前、自動車業界に在籍し、自ら電気自動車やハイブリッド自動車などの電動化に対応する電池技術の責任者として開発を進めた立場から、今はリチウムイオン電池を開発し供給する側の立場に移った。このように自動車業界から離れた利点のひとつとしては、世界の自動車企業を訪問することで開発文化の違いを客観的にまざまざと見ることができる点である。もともとホンダ時代に、多くの国際学会や国際会議に出席し招待講演や一般講演を行ってきた関係で、自動車業界や化学系業界での仲間や知人は少なからずいる。もっともこの時代には同業他社であったために他の自動車各社を訪問することはできなかったのだが。

 サムスンに移籍後、世界の自動車企業を数多く訪問したが、国や企業ごとに開発文化や思想が異なるので極めて興味深い。訪問する企業のほとんどで会議に知人が出席するケースが多く、その分、話が盛り上がることも多い。現在はサムスンがドイツのボッシュ社と自動車用リチウムイオン電池の合弁企業を創設し事業展開を図っているが、ボッシュ本社を訪問した時には応対してくれた役員が共通の国際会議で知り合いになっていた関係で、私がサムスンへ移籍したことに驚くとともに、以降の協力関係に議論が及んだのも懐かしい。

 ドイツのシュトットガルトにはダイムラー社が研究所を構えている。ここで特に印象深かったのが白亜の殿堂を思わせる研究センターのビル群である。自動車業界の研究所でここまで芸術的な建物は見たことがなかったので感激した。

 話の冒頭で私自身がメルセデスのオーナーであることを伝えたら、出席した役員は「メルセデスに満足しているか?」との質問だったので「燃費以外は」と答えたところ苦笑していた。同じ欧州でもフランスや英国ではまた違う雰囲気がある。

 さて、研究開発のスタイルを見ると欧米とアジア圏では大きく異なるところがある。特に電動車両系ではモーターや電池といった従来の内燃機関技術にはない新しい領域であるがゆえに、開発スタンスも殊更まちまちである。

 通常、欧米系での基幹コンポーネントの開発にあっては、専業メーカーに委ねて完成品を受け入れる開発フローをとる。すなわち、各自動車メーカーのニーズを提示してそれに適合するコンポーネントを選択するという方策である。

 一方、日本や韓国などのアジア圏ではコンポーネント研究開発は自ら実施する企業が多く、特に規模が大きく体力のある企業ほど、その傾向が強い。電動系に不可欠なモーターは、ホンダやトヨタでは内部で自前開発と生産を行っているし、電池に至っては電池企業との合弁会社を設立し専用電池の開発を行っている。日産自動車も三菱自動車も同じような協業体制を敷き、いかに自動車に特化した電池が必要かの解をこのような形で見出している。

 欧米系の自動車企業にあっては電池を協業体制で電池企業と合弁を作るというのは稀で、多くは電池企業の開発と供給に委ねている。その分、電池評価もフレキシブルに対応し、世界的かつ合理的な電池調達ビジネスモデルを構築している。

 このように国や企業によって開発文化も異なることから、供給側や協業側はユーザーがどの部分をどこまで必要としているのかの客観的な分析が必要である。 

 自動車の商品価値やブランド価値も時間の流れと共に変遷しつつある。米国の自動車業界は1980年代のステータスの栄光を築きながらも、21世紀には経営破綻や業績悪化で企業価値を低下させるなど地盤沈下を招き、近年の事業見直しやリストラなどによる大幅な経営戦略の効果によって漸く業績も回復基調に向かっている。

 80年代の韓国製自動車は安かろう悪かろうのイメージを市場に植えつけたが、最近の商品やサービスに対する顧客満足度はすこぶる向上し、日本製の自動車よりも高い評価を得る機会が多くなってきた。その証拠に、ホンダやトヨタの開発陣の間では、現代自動車のソナタに対し、ホンダのアコードやトヨタのカムリでさえも商品魅力で負けているという囁きを聞くようになった。

 いずれにしても、地球環境や資源エネルギーの節約という至上命題に対して、世界の自動車各社は的確な解を持続的に導出すべき状況に変遷しつつあり、環境問題と両立する商品魅力の開発という経営戦略が必要な時代を迎えようとしている。


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