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2011/11/18

<オピニオン>転換期の韓国経済 第22回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第22回

◆韓国にみるFTA推進と農業◆

 FTA(自由貿易協定)を推進していく上で課題となるのが、それによってマイナスの影響を受ける農業への対策である。韓国はどのような対策を講じてきたのであろうか。韓国の農業の特徴はまず、農家1戸当たりの平均耕地面積が2009年現在1・45ヘクタールと日本よりもやや狭いことである。都市化率(05年時点韓国80・8%、日本66・0%)の高さが示すように、若年層を中心にした都市への人口流出により平均世帯人数は日本を下回る2・61人となっている。また農業以外の所得機会が少ないため、専業農家の比率が58・0%と高いことも特徴である。

 これまでの農業政策をみると、以下の3点が指摘できる。第1は、将来の自由化に備えて、80年代以降経営規模の拡大が図られてきたことである。譲渡所得税の減免を通じた農地の売買・賃貸借の促進のほか、高齢者の引退を促すため、米作農業者を対象とした「経営委譲直払い制」(引退時から70歳まで一定額の補助金を支給)が97年から実施された。2000年代に入りFTAが推進されるなかで、対象が米作以外の畑作や果樹農家に広げられるとともに、支給期間が75歳にまで延長された。政策効果もあろうが、高齢により農作業の継続が困難になるなかで、「必要に迫られて」農作業の委託や農地の賃貸借が広がった。その結果、依然として零細農家が多いものの、機械を多く所有する大規模農家に生産が集中する傾向がみられる(図)。

 また11年1月に、「農地担保」年金制度が導入された。これは65歳以上の農家に対して、所有する農地を担保に毎月年金を支払い、死亡後に土地が売却される制度である。生活の安定とともに土地の流動化を図ることが目的である。

 第2は、90年代に入ると、経営規模の拡大とともに、農産物の高品質化と輸出の拡大に力が入れられたことである。環境に優しい農業を追求しながら、高品質の農産物を栽培し、国内外で販路を拡大する戦略である。キュウリ、ナス、パプリカなどの野菜、梨、リンゴ、スイカ、イチゴなどの果物、ばらや菊などの花きで輸出が拡大している。施設近代化に必要な資金は政府が低利で融資した。

 輸出拡大の役割を担っているのが韓国農水産物流通公社(aTセンター)である。主な事業は、生産から輸出まで主導する輸出組織の育成、輸出用共同ブランド(「フィモリ」)の育成・普及と品質管理、人材の育成、安全性の管理、有望輸出品目の発掘、海外事務所を通じた輸出ネットワークの構築などである。日本にも事務所が設置されており、ホームページには韓国の食材紹介など多彩な情報が掲載されている。

 第3は、2000年代に入りFTAが推進されるなかで、国内農業に最大限配慮した取り組みをしてきたことである。

 一連のFTA交渉において、韓国政府が農業分野でとった姿勢は、①可能であれば例外品目にする、②それができない場合は関税撤廃時期を遅らせる、③影響を最小限に抑えるために、経営規模の拡大や施設の近代化を一段と推進する一方、被害を受ける農家に所得を補償するなどである。

 これまでに締結したFTAをみると、そのすべてにおいてコメは譲許対象から除外された。関税撤廃時期については、チリとの間(04年発効)でトマト、キュウリ、豚肉などが10年以内、米国との間で牛肉が15年以内、EUとの間で豚肉が10年以内にすると規定された。またチリとのFTAでは、農民の強い反対を受けて国会での批准合意案への採決が進まなかったが、支援額を増額することにより批准にこぎつけた経緯がある。

 野菜や果物など輸出拡大が見込めるものとは異なり、畜産や穀物などでは輸入増加が避けられない。豚肉はEUとの間では今後10年以内であるが、米国との間では16年、チリとの間では13年に撤廃されるため、残された時間は少ない。農業の構造改革が進められ、農産物の輸出が増加しているとはいえ、農家の不安は決して払拭されたわけではない。このことは米韓FTAに反対する声が依然として大きいことからもうかがえる。


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