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2011/07/29

<オピニオン>韓国経済講座 第131回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆コリアンネットワークの特徴◆

 壇上に登り「私が李明博です」と会場の笑いを誘う挨拶から始まった。4月18日にソウルウォーカーヒルホテルで行われた世界韓人貿易協会(World OKTA)創立30周年記念式典での大統領の挨拶である。同協会は1981年、当時の全斗愌大統領時代に16カ国101名の同胞経済人が集い創設した組織で、現在世界61カ国113支部を擁する最大のコリアンビジネスネットワークである。

 大統領は、「海外に居住するOKTA会員たちは既に大きく変わっている。21世紀では、FTAを通して経済領域を2~3倍に広げ、これを通して会員の経済活動も大きく成長する」と強調した。

 このようにコリアンネットワークの最大の特徴は国家と結びついたネットワークであることだ。

 ところで、こうした民族ネットワークはコリアンだけではない。他民族のそれと比べてみよう。最も歴史の長い海外民族(母国以外に居住する民族)は5千年のユダヤ人である。ユダヤ人は、今日1480万人で、世界人口69億人の僅か0・21%だ。しかし、ユダヤ民族は歴史的にも偉大な人物を輩出している。イエスキリストを始めアインシュタイン、エジソン、カール・マルクス、ピカソなど挙げれば枚挙に遑がないほどだ。迫害の歴史を持つユダヤ人だが、その結果、彼らは最終的にお金が支配すると考え、そのために努力し生きる。例えば、世界最大の金融財閥ロスチャイルド家はあまりにも有名だ。

 だからといって決して金の亡者ではない。彼らは、義理人情を大切にし、基本的にとても勤勉だ。真面目にコツコツやるところと大胆にやるところが民族的特徴だ。長年の迫害下の中で民族が生き延びてゆくための知恵として蓄積されてきたのが、ユダヤ人ネットワークとも呼べる民族連帯意識である。その特徴は、世界的に広がるユダヤ人的な平面的拡大型ネットワークと定着先にしっかりと根を張る機能構築型のネットワークである。この民族網が企業のイントラネットではコーポレートガバナンスとして機能しユダヤ人の真面目さ、誠実性と大胆さが相俟って世界でビジネスネットワークを形成してきたのだ。

 同じように海外民族として有名なのが、5000万人とも言われる華僑・華人ネットワークである。華人ネットワークは三縁で結ばれていると言われている。三縁とは血縁、地縁そして業縁、即ち事業関係で結ばれる縁である。三縁の中で最も強い縁は血縁であり、ファミリービジネスに代表される。次は地縁であり、同郷、同省の知人、仲間を対象とする。最後は事業上のネットワークの業縁である。業縁は改革・開放以降民間企業の発展とともに急速に拡大、強化しており、血縁、地縁とは同列に取り扱わない方がよいかもしれない。

 113万人の海外民族を持つ日本人ネットワークは中間単位で形成される特徴がある。韓国人が国家と家族に強い結びつきを示すのに対して、日本人は中間集団に強い結びつきを見せる。戦後の高度成長以来言われている「企業戦士」は日本人の会社人間を例える代表的な言説である。つまり、日本人ネットワークの特徴は、組織、集団が基礎単位となっており、個人が中核となって形成される華人ネットワークとは性質が異なる。

 組織、集団が単位となる日本人ネットワークは、丁度積み重ねた煉瓦の壁や石垣のようなブロック型構造となるため頑強なネットワークが構築される。その半面、華人ネットワークにみられる個人の強さと独自性は発揮できず、個人はあくまでブロックの中の一要素であり集団の意向が優先される。またコリアンネットワークのように世界に結びつきが展開することはなく、中間単位の限界値がそのネットワークの限界となることが多い。規模拡大に限界があるということは、ネットワーク内部の連結強度は維持されることを意味するとともに、異業種交流などにみられるように連結強度を維持したまま異分野との結合によって新たなネットワークに再生されることもあり、そうした再生が集団の競争力を強化している。

 コリアンネットワークは、華人ネットワークとは違い、経済分野を超えて政治的または市民社会ネットワークとしての性格を持っている。また、華人ネットワークは三縁を基礎にするパトリオティズム(同郷思想)を精神軸にするのに対してコリアンネットワークは海外国民というナショナリズム(国民主義)を精神軸にする特徴がある。さらに、日本の中間組織ブロック型とも異なり、家族単位でも結びつきが強く、その意味では個人の能力も発揮できる。ここでいう家族とは身内親族だけではなく華人ネットワークの三縁に近いものも含めている。時間軸でみるとコリアンネットワークは当初はパトリオティズムが強かったが、国家、海外民族の発展とともに今ではナショナリズムが強いネットワークとなっている。コリアンネットワークの今後の方向とすれば、国家へのベクトル(大きさと向きを考える量)とともにユダヤ人ネットワークにみられる定着先にしっかりと根を張る機能構築型のネットワークかも知れない。


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