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2016/01/29

<オピニオン>韓国経済講座 第181回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆幸福の国家に◆

 「幸せは幸せの原因より生じる、苦しみは苦しみの原因から生じる。幸せになりたいならば、幸せの原因を作らねばならない。苦しみたくなければ、苦しみの原因をさけねばならない」。亡命チベット僧ゲシェ・ソナム・リンチェン師の法話(1999年5月24日)からの引用である。つまり、ある結果が生じる時には、直接の原因(近因)だけではなく、直接の原因を生じさせた原因やそれ以外の様々な間接的な原因(遠因)も含めて、あらゆる存在が互いに関係しあうことで、それら全ての関係性の結果として、ある結果が生じるのである。幸せの原因も不幸の原因も近因と遠因が組み合わさることで結果が生み出されているのだ。

 この法話に沿って考えると現在の韓国経済はどう見えるであろうか。韓国銀行の推定によれば2015年の経済成長率は2・7%である。各機関が予測する16年の成長率予測は総じて3%前半から2%後半で、たとえば韓国銀行は3・1%、韓国開発研究院(KDI)は15年を下回る2・6%にとどまるとした。これは15年末に韓国銀行が推定した潜在成長率3・0~3・2%を下回る数値だ。潜在成長率は、生産活動に必要な工場や機械設備などの「資本要素」、労働力人口と労働時間の積で表される「労働要素」、これらの生産要素を産出に変える「全要素生産性(技術革新や技術の活用法の進歩、労働や資本の質向上等)」の三要素の総和から推計され、現実の成長率は様々な要因により短期変動をするが、中・長期的には潜在成長率と同様の動きになるといわれている。つまり、韓国の現状は、本来持てる生産基礎能力が発揮されていないと予測機関が判断しており、その意味では「近因」、「遠因」共に潜在成長率まで成長できない阻害要因となっていることを表している。すぐにその阻害要素は取り除かれねばならないものの、ことはそう簡単にはいかないのが現実だ。

 ところで、朴槿惠政権のビジョンは「私の夢が叶う国民幸福国家」の創造で、国民一人ひとりが実感できる幸福感をもたらす政治を志向している。就任当初クネノミクスとして打ち出した新しい国家の姿である。その実現のために創造経済、すなわちスティーブ・ジョブズ型の既に存在する技術を結び付けることで既存の領域を超えた新たな業種の創造や身近な技術の再融合・組み合わせの工夫による財・サービス業種の創造を数々生み出す社会を標榜してきた。とは言え、従来から抱える経済的課題も質量ともに大きな困難で、大統領就任後すぐにこちらの対応に追われることになった。

 朴政権の政策枠組みには二つの大きな政策軸があり、一つは就任2年目の14年2月に打ち出された経済革新3カ年計画と14年12月に政府が「15年経済政策方向」で初めて提示した4大構造改革(公共、労働、教育、金融)である。いわば前者は「近因」、すなわち経済が直面する課題への対策で、後者は「遠因」、つまり時間をかけて制度改変などへの対応により改善する対策と位置付けられる。朴政権はこの二つの政策軸を基礎に様々な対応に取り組んできたが、ここにきて経済停滞が定着した感がある。15年は10兆ウォンを超える追加補正予算、官製消費、不動産浮揚策など内需立て直し対策が講じられ、やや持ち直しの兆候も見られたが、これが導火線となって内需が活性化するとはいいがたい。また、中国の景気低下や今後の米国の持続的な金利引き上げ懸念など、輸出依存型成長の陰りも見えている。


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