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2017/05/26

<オピニオン>転換期の韓国経済 第87回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第87回

◆新政権の雇用政策◆

 5月9日に実施された大統領選挙で、文在寅候補(共に民主党)が41・1%の得票率を得て当選し、韓国の新大統領に就任した。朴槿惠前大統領の弾劾につながった「ロウソク革命」のなかで、保守から革新政権への交代を求める動きが広がったこと、文在寅候補が政経癒着や腐敗を撲滅し、公正な社会の実現をめざすとともに、雇用の創出を前面に押し出したことが勝因といえる。

 新政権に対する期待が高まる一方、今後の政治運営は難しくなることが予想される。理由の一つは、共に民主党の議席が過半数に達しないため、他の政党の協力がなければ法案が通過しないこと、この過程で妥協を余儀なくされることである。もう一つは、国民の期待値を高めたこともあり、「公約倒れ」になれば、政権への批判が強まることである。

 文在寅大統領は選挙公約の一番目に「雇用に責任をもつ大韓民国」を掲げ、公共部門を中心に約81万人分の雇用を創出する計画を打ち出した。消防、社会福祉、教師、警察など国民の安全や福祉などのサービスを提供する公務員で約17万人、保育、医療などの公共機関で約34万人、その他で約30万人である。具体的な数値目標を出したことが、高失業率にあえぐ若年層(上図)を中心に支持が広がった一因と考えられるが、この点に関しては、次のような問題点が指摘できる。

 第1は、雇用創出を公共部門が担うことの是非である。文在寅大統領によれば、これまでの政権は民間主導で雇用創出を図ったが、十分な成果を上げなかった、韓国はOECD諸国のなかで、就業者に占める公共部門の就業者の割合が極めて小さいという。民間部門が十分な雇用を創出できなかったのは事実であるが、このことにより、公共部門が雇用創出の担い手になることが正当化されるわけではない。公共部門主導で雇用を創出する動きは、かつて多くの発展途上国でみられ、財政赤字や腐敗につながった。また、OECD諸国の場合には、福祉関連を含む社会支出を増やした結果、公共部門の就業者が増加したのであり、因果関係が逆である。

 見落としてならないのは、韓国の国民負担率(税と社会保険負担の対GDP比)がOECD諸国のなかで極めて低く、これが公共部門の就業者の割合の低さと表裏一体をなしていることである。社会支出の対GDP比と国民負担率の間には正の相関があることを踏まえれば、負担の増大なしに、公共部門の雇用創出を図ることは困難である。

 第2は、今述べたことと関連するが、雇用創出に必要な財源の確保である。雇用創出をどのようなペースで進めるかは現時点で不明であるが、公務員の平均報酬(年約3千万㌆)を前提に、81万人の雇用を増やすとなると、約24兆㌆が必要となる。16年の政府歳出額は約400兆㌆であるため、その6%分に相当する。これに加えて、年金の国庫負担金も増加する。


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