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2017/07/14

<オピニオン>転換期の韓国経済 第89回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第89回

◆賃金格差の是正に必要なもの◆

 韓国の文在寅政権は雇用創出を図るとともに、格差の是正にも力を入れている。是正に関連した政策には、最低賃金の引き上げ、非正規職の正規職への転換および処遇改善、ベンチャー企業の育成と中小企業の強化、財閥改革などがある。

 最近の10年間をみると、中小企業と大企業の賃金格差が総じて拡大している。この格差を縮小するために、文在寅政権は「成果共有制」を広げて、中小企業の賃金水準を大企業の80%へ引き上げる(現在は60%強)ほか、ベンチャー企業や中小企業に対する支援を拡充していく方針である。注意したいのは、中小企業と大企業との賃金格差は主として、生産性と雇用形態の違いによって生じていることである。中小企業では非正規職が相対的に多く、中小企業の非正規職の平均賃金は、大企業の正規職の平均賃金の48%である(雇用労働部)。

 より大きな問題は、中小企業が生産性の面で、大企業を大幅に下回っていることである。しかもその比率は08年の33・0%から14年に29・1%へ低下している。ちなみに、OECD諸国では(製造業、2013年)、フランス70・0%、ドイツ60・8%、日本56・5%である。

 2000年から12年までの各年の労働生産性上昇率と賃金上昇率をプロットすると、①両者の間に正の相関関係があること、②大企業が中小企業よりも、生産性上昇率と賃金上昇率の点で高いことが確認できる(上図)。大企業が生産性上昇率で上回るため、生産性の格差が拡大することになる。中小企業の賃金を上昇させるためには、生産性上昇率の引き上げが不可欠である。韓国では中小企業の強化が、長い間政策課題とされてきた。中小企業の成長が遅れている要因として、グローバルなビジネス展開する大企業グループに対して、中小企業は国内市場を対象としていること、大企業がその経済力を背景に中小企業の経営を圧迫(中小企業分野への進出や不公正な取引慣行など)していることなどが指摘されてきたが、生産性の問題に正面から向き合うべきである。

 中小企業と大企業との格差に関わる問題の一つとして、人材の移動が進まないことがある。人材の移動が進まないため、生産性の格差が縮小しない一方、賃金の格差が人材の移動を阻害するという悪循環である。

 文在寅政権は中小企業による若年雇用を支援する目的で、若年労働者を3人正社員として雇用すれば、3人目の賃金を3年間(年間2千万㌆を限度)支援する計画である。これにより一時的に採用が増える可能性はあるが、長期的に中小企業の生産性上昇に結びつくかは不確かである。

 もう一つの問題は、高い技術力を有する中小企業やベンチャー企業がなかなか登場してこないことである。これには、優秀な人材が大企業に集中していることも影響している。

 このように、中小企業と大企業との賃金格差を縮小させるためには、


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