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2018/02/23

<オピニオン>韓国経済講座 第202回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 筆頭理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 筆頭理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県横浜生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学教授。アジア経済文化研究所筆頭理事・首席研究員、育秀国際語学院学院長。

◆手取りが増えて生活が楽になる?◆

 「最低賃金制は、労働者に対して賃金の最低水準を確保して、労働者の生活の安定と労働力の質的向上を図ることにより、国民経済の健全な発展に資することを目的とする(最低賃金法第1条)」(最低賃金委員会HPより)。韓国最低賃金委員会が掲げる最低賃金制度の目的である。今年から大幅に引き上げられた最低賃金水準により上の目的が達成されるのか?2018年1月1日から適用された最低賃金額(1時間当たり)は、2017年の6470㌆から16・4%引き上げられて7530㌆となった。

 そもそも文在寅氏が選挙戦から唱えていたのが「働き口」の創出であった。二極化によってはじき出された青年層、老齢者層に職を提供し低所得層の減少を図ることで格差の縮小への第一歩の策としていた。しかし、長い間の雇用なき成長により「働き口」を増やすことが就業構造的に容易でなく、また雇用条件が次第に不利化する(正規から非正規、大企業から中小企業、さらには零細企業など)労働者の下方分解によって二極化の下方層が堆積していたため短期的な効用創出は見込めない状態にあった。したがって、その延長線上の施策となったのが最低賃金引上げであった。

 最低賃金委員会によると、最低賃金制の実施で最低賃金額未満の賃金を受けている労働者の賃金が最低賃金額以上のレベルに引き上げられれば、次のような効果をもたらすとしている。①低賃金解消で賃金格差が緩和され、所得分配の改善に貢献。②労働者に一定のレベル以上の生計を保障することで、労働者の生活を安定させ、労働者の士気を上げてくれ労働生産性が向上。③低賃金をもとにした競争方式をやめ、適正な賃金を支給するようにして、公正な競争を促進し、経営合理化を築く。

 政府は、こうした最低賃金引き上げ効果を短期的により高い水準で実現するために、極端な引き上げを行った。つまり、過去の実績では2015年7・1%(5580㌆)、16年8・1%(6030㌆)、17年7・3%(6470㌆)の水準であったものを18年から16・4%(7530㌆)引き上げ、2020年までには最低賃金を1万㌆にする公約をしている。そしてこの高い引き上げ率決定の際には最低賃金委員会が経済協力開発機構(OECD)の資料を基に決定したものであるが、2015年基準で韓国は5・5㌦(時間当たり)程度であるが最も高いルクセンブルク、フランス、豪州は11㌦前後と韓国はこれら高水準諸国の半分程度である。ボーナスや食費などの手当を含める国とそうでない韓国のような国もあり一概に比較は困難であるとはいえ、こうした相対的低水準が引き上げ根拠となったことは間違いない。

 さて、改めて最低賃金引き上げについて考えよう。委員会が指摘する効果を出すには、先ず国民経済がある程度平均的に格差の少ない状態で、その中で相対的に低い所得層を引き上げるのであれば、国民経済的にも支えることが可能であろう。しかし、これだけ所得格差が開き、それが根深く固定化している経済で最低賃金を1時間当たり1060㌆と大幅に引き上げる意味は、今の韓国経済にとってかなり深刻な状況をもたらす。最低賃金に達していない労働者全てに対して1日8時間労働で8480㌆に加えてそれまで最低賃金に達していなかった不足分が合わせて支払われなければならないのだ。統計庁のデータで見ると、最低賃金未満率(最低賃金未達成者の比率)は2013年11・4%、14年12・1%、15年11・5%と推移し、15年の就業者数が2894万人でそのうちの298万人が公式統計で相当する労働者数である。

 最低賃金の未満率労働者の状況を見ると、2015年で年齢階級別では19歳以下、60歳以上及び20歳~24歳、つまり労働弱者層の比率が高い。従業員規模で見ると、


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