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2002/10/04

<随筆>◇鹿嶋ビビンパ◇ 元コーロン油化副社長 武村一光氏

 鹿嶋市に住むようになって丸2年になる。ワールドカップ2002茨城の開催地なのだが、カシマという地名をご存知の韓国人はほとんどいないのではなかろうか。人口僅か6万余の小さな市なのだが、鹿島臨海工業地帯を有していて、どこかウルサン市と似たところがある。

 自動車工業はないものの製鉄工業があり、石油精製、石油化学などは両市とも同じだ。私が10数年前に土地を手当てしたときは鹿島郡だったが、ソウルに赴任している間に鹿嶋市になり、今は鹿島の字が鹿嶋に変った。ウルサンも数年前に特別広域市に昇格している。両市とも太洋に面し、ワールドカップ開催地にもなった。

 東京から直行バスで2時間の距離、ワールドカップのお陰で道路はすっかり整備され、おしゃれになったが、まだまだ田舎である。そんな田舎に移ったのに以前より人が来てくれるようになった。人が訪ねてくれるのは大変嬉しいのだが、なにか旨いものをご馳走しないとその内に足が遠のくに違いない。

 引っ越した当初は鹿島灘の蛤、水郷の鰻や柳川料理を食べ歩いた。銚子の鰯料理、大洗の鮟鱇鍋、那珂湊の寿司なども試してみた。みななかなかのものだったが、蛤以外は鹿島名物というわけでもなく食べに行くのに時間がかかった。できれば市内に何かよいものがないものだろうか、いろいろ物色した。

 ふっと焼肉食べ放題というのが目についた。店の名前が真露、ソウルの焼酎と同じだったこともあって入る気になった。店の造りは韓国の焼肉店そのもの、テーブルの配置も実にゆったりしていた。お絞りを持ってきた女性が中年ながら鼻筋の通った色白の美人、明らかに韓国女性だった。経営者とおぼしき紳士もその口ぶりから韓国人と分かり、多分2人は夫婦だと推察したがいまだに確認せずじまいだ。

 ここの韓国料理が実に旨い。ビビンパ、ビビン冷麺、カルビ焼きなどいろいろ食べてみてそれが分かった。以来すっかり病みつきになり、だれかれとなくわが家を訪ねてくれる人を連れて行く。韓国料理といぶかる人はワールドカップ日韓共催のお陰でだれもいなくなり、誘えば「いいねいいね」と言ってくれる。

 店に入ればすっかりその雰囲気が気に入って、料理を注文する前から上機嫌だ。韓国料理が初めての人にはカルビ焼を、通の方には石焼ビビンパを勧めた。唐辛子と胡椒の効いた本格派、キムチだって中途半端な辛さではない。

 狂牛病騒ぎ盛んな頃はどこの焼肉屋も閑古鳥が啼いたが、この店も例外ではなかった。私たちも暫く足が遠のいたが、それでも3回に1回は行っていた。昼の定食が20%引きになり旨いに安いが加わった。残念ながら今は元の値段に戻ってしまったが、それでもお連れする皆がみな韓国料理を心から楽しんでいる。ワールドカップが狂牛病騒ぎを凌駕してしまったようだ。
                 (本紙2002年8月23日掲載)


  たけむら・かずひこ 1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。