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2002/09/20

<随筆>◇盛夏にはイヌかトリかマメか◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 西洋では真夏の暑い日のことを「DOG DAYS」という。大イヌ座の「DOG STAR」といわれるシリウス星(犬狼星)が太陽とともに上る季節で、この星が暑さをもたらすと言い伝えられているからだ。

 さて、韓国の「DOG DAYS」である盛夏の「伏の日」も、この原稿を書いている時点では「三伏」のうち最後の「末伏」(今年は8月10日)だけを残すだけになっている。韓国は「末伏」を過ぎると夏も終わりに入るので、夏は日本より短い感じがする。

 ところで韓国における「初伏」「中伏」を含む夏の「伏の日」-「イヌの日」の歳時文化が、「DOG DAYS」を生んだ西洋のギリシャ文化と「イヌ」でつながっているというのがぼくの説である。「伏の日」に犬を食べるのは暑さをもたらす犬を殺すことであり、それが暑気払い通じるというわけだ。

 韓国では近年、「DOG DAYS」には犬(ポーシンタン)もさることながら鶏(サムゲタン)を食する人が多い。「参鶏湯」は韓国式薬膳だから夏の強壮料理にはうってつけだ。やはり女性は犬を敬遠するようで「伏の日」には参鶏湯屋は女性客で満員になる。

 ポーシンタンもナベだが、参鶏湯も黒い土焼きの器(トゥッペギ)ごとグツグツ煮たのが出てくるので、熱いことこのうえない。汗をかきかきフーフーいいながら食べる。文字通り「以熱治熱」で、汗をかいて「ああ、涼しい!」ということになる。

 韓国における盛夏の食を通じた暑気払いはこういう感じだが、ぼくは近年、夏の食で凝っているのは犬や鶏、さらには日本風のウナギでもなく、実は「コンククス」なのです。あれは涼しくて大変うまい。

 濃い目の豆乳みたいな大豆のスープに、コシのある細目の白い麺が入っていて、これをうどん風にすすって食べる。冷たくして冷麺用の大きなドンブリに入っている。これは涼感といい、栄養価といい、あっさり感といい、そして植物性で統一したダイエット感といい、実にすばらしい季節性の食べ物である。

 店によってスープの濃さが違うが、やはりドロッとした象牙色にかすかに黄色みがあって大豆の香りがちゃんと残った濃厚なのがいい。色も味も薄くては、水をたくさん混ぜた感じでケチくさくていけない。

 「コンククス」は多少の塩味をつける程度だから、付け合せにキムチが欠かせない。人気の店はこのキムチの味がいい。ところがキムチをつまんでは麺をすするのだが、よく失敗してむせる。麺をすするときに、キムチのトウガラシを気管支によく吸い込んでしまうからだ。地元の韓国人がむせてる風景はあまりみないから、ぼくもまだ修行(?)が足りないということかな。

 ソウルの中心街では三星本館の裏にある有名な「チンジュ(晋州?)会館」がやはり味が濃くてうまいが、無名のうまい店を発見するのもぼくの夏の楽しみである。

                   (本紙 2002年8月2日号掲載)


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。