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2002/07/12

<随筆>◇爆弾酒文化の現状報告◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 ソウル暮らしで、以前は楽しんでいたがこの頃苦痛になっているのが例の「爆弾酒」だ。あれは年をとってくるとこたえる。とくにこのところ「尿酸研究会」のぼくとしては、できることなら遠慮したい(ちなみに「尿酸研究会」とは、尿酸値が高くて通風に悩んでいたりその可能性のある連中のことで、ぼくが勝手にそう名付けた)。

 韓国が独自開発(?)したこの飲酒方法は、今や日本人の間でも知られているという。コップのビールにウイスキーを入れたグラスを落としてイッキ飲みするやつだ。ビールとウイスキーの強烈カクテルといった感じで、よく効く。

 「爆弾酒」にも最近は種類が多く、カクテルの仕方によって「トーネード」やら「タイタニック」やら「射精酒」やらさまざまな種類がある。その数は数十種類あると、すべての作りかたをイラストで紹介し由来などウンチクを傾けた本まで出ている。

 この著者が電話してきて「本を日本で翻訳出版したいがどうだろうか?」という。「爆弾酒を一度試しに飲んでみたいという日本人はいるが、本まで読みたいなんてものはおらんじゃろう」といっておいた。版元を紹介してほしいような口ぶりだったが、ご関心の向きがありましたらどうぞご連絡を。

 最近、「爆弾」を受ける機会が多いのだが、ワールドカップと関係があるようだ。つまり「日韓共催の成功のために!」とかいってぼくらの業界と当局など各界との夜の懇談会がひんぱんだからだ。爆弾酒は酒への強さを競い合うある種の「権威主義文化」だから、当局者との飲み会となると必ず爆弾が始まる。

 ぼくは体験を背景に「爆弾酒は1980年代初めに軍OBたちの主導で一般化したものなんだから、民主化時代にはふさわしくないのでは」などと説得するのだが、権力を取ると民主化闘士も学生運動上がりもみんな権威主義文化を楽しむようになる。韓国のマスコミ関係者も爆弾酒世界の有力者だが、これは権力の周辺にいて権力といつも付き合っているのでそうなってしまう。

 最近の爆弾酒パーティで得た情報(?)をふたつばかり。ひとつは爆弾酒の適量についてで「1無3適5過7酔9吐11死」つまり「イルム、サムチョク、オクァ、チツチュイ、クト、シビルサ」さんだそうな。三杯くらいでやめておくのが適当というわけだが、酒席の勢いでつい五杯、七杯となって、ついには「吐」までいってしまう。

 もうひとつは爆弾酒をイッキで飲み干したあとのマナーである。コップの底をつかんで揺すると「カラン、カラン…」と乾いた音がして「合格」となるのだが、今やエライ人はコップを揺するのではなく、コップを持った腕の力コブあたりを別の手で軽くポン、ポンと叩くのだという。なるほど、これは品がいい(?)。こうした韓国の爆弾酒文化は限りなく発展していくのです。
                  (本紙 2002年5月10日号掲載)


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信外信部を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。