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2003/07/04

<随筆>◇青瓦台の食の思い出◇ 産経新聞 黒田勝弘ソウル支局長

 昨年、青瓦台(大統領官邸)の大統領秘書室に勤める女性栄養士が書いた『青瓦台の人々は何を食べているのか』という本が話題になった。大統領の食卓を紹介したものとして関心を集めた。ところが、本の内容に「機密漏洩にあたる部分がある」として問題になり、著者の女性秘書はくびになってしまった。

 この時、本を買って読んでみたが、それほどの機密は見当たらずいささか失望したことを覚えている。ただ、クリントン大統領が訪韓した時の食事で、米国側の随員たちの間で「カルビタン」が大好評だったという話などは出ていたが。

 「機密漏洩」というのは、大統領官邸での非常時訓練の際の「非常食対策」など、警備問題にからむ話が問題だということのようだった。大統領自身の食事については、激辛は避けて薄味がお好み、といった内容が紹介されていた程度だった。

 韓国の大統領の食卓で面白かったのは、金泳三大統領の「カルグックス」だ。「カルグックス」は日本風にいえば煮込みうどんのことで、ごくごく庶民風の食べ物である。サラリーマンやOLたちの簡単な昼食によく食されている。

 ただ金泳三大統領の場合、故郷の巨済島が煮干し(だしジャコ)の名産地で、煮干しダシのスープがお好みにでかつ自慢だった。ぼくら外国人記者もおよばれで食べたことがあるが、街の「カルグックス」とは一味違って、そば粉を加えた麺でさっぱりした味が印象的だった。しかし韓国の政治家たちは「カルグックス」だけでは腹が減るといって、大統領官邸を辞した後、焼肉屋に入って腹を満たしたという笑い話もある。

 金大中大統領のときも何回か食事によばれたが、すべてステーキだったように思う。金泳三大統領と違って健啖家の金大中大統領らしいヘビーな食事だった。

 金大中大統領は「食は補薬なり」がモットーで、元気なころは中華料理など結構、楽しんでいた。

 権力家の食卓は何かにつけ庶民の関心の対象だ。そのため時には国家機密になることもある。とくに独裁国家の独裁者の食卓ともなると一級の国家機密だし、人々の大きな好奇心の対象だ。

 その意味で最近、日本で出版された日本人調理士による『金正日の料理人|間近でみた権力者の素顔』(扶桑社)はたいそう興味深い。

 金正日将軍のグルメぶりはつとに知られている。先年、韓国のマスコミ社長団を平壌に、招いた時の食事でも「ロバのステーキ」が話題になっている。「ソガリの刺身」など父親(金日成)譲りで大好物とか。

 同じく淡水魚でいえば韓国映画の題名にもなった渓流魚の「シュリ」など天ぷらにすればおいしいそうだが、金正日将軍の食卓メニューにはまだないようだ。もっとも韓国では「シュリ」を食べる人はいないと聞くが。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。