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2004/07/02

<随筆>◇漢城、京城、セソウル?◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 日本から届く手紙に時おり「大韓民国京城市…」と書かれたのがある。ちゃんと届くのでそれでいいのかもしれないが、やはり落ち着かない。ソウルが漢字で書けないため、やむなく日本統治時代を懐かしむような話ではない。

 以前、昔の日本の新聞を調べていて気がついたのだが、1950年に朝鮮戦争が起きた時の新聞を見ると「京城」となっている。日本で「ソウル」という呼び方が定着したのは1960年代以降ではなかったか。韓国側からの強い要請の結果だ。特に1965年の日韓国交正常化の後はそうなった。

 「京城」については日本の一部で、日本支配の過去を正当化する「差別語」だとして非難する向きがある。しかしこれは必ずしも正しくない。なぜなら「京城」は朝鮮王朝(李朝)時代に、漢城、長安、皇城、京都…などと共に首都を意味する名称として使われていたからだ。したがって「京城」そのものに罪はない。ただ日本統治時代を思い出させるということで、日本人としては使うのを遠慮した方がいいだろう。

 日本人も韓国に手紙を出すとき、「ソウル」くらいはハングルで書いてあげたいところだがそうもいかない。したがってぼくはとりあえず英語で「SEOUL」と書くように言っている。もちろん『冬ソナ』ブームだから今やハングルで「ソウル」と書ける日本人も増えているようだが。

 一部の日本人は「京城」と書いて手紙をよこすが、中国人たちはみんな今なお李朝時代そのままに「漢城」と書いたり言ったりしている。政府もマスコミもそのままだ。これに対し韓国が文句を言わないのが不思議だと思っていたら、最近やっとソウル市が乗り出した。ソウル市もこれまで観光パンフレットなどでは「漢城」と表記していたのだが、おかしいと思ったらしい。

 ソウル市は市民の応募で「ソウル」の新しい漢字表記を検討中だ。漢字の音を使って「首午爾」など色々な案で出ているとか。ただ韓国側で発音だけを念頭に新しい表記を考え出したとしても、中国側がそれに従ってくれるかどうか。中国側は漢字の意味を重視し「漢城」にこだわっていると聞く。韓中のある種の文化摩擦として興味深くウォッチングしているところだ。

 ところで韓国世論は時ならぬ(?)首都移転問題でかまびすしい。ソウルは李朝時代以来、600年を超す韓民族の首都だ。人々の愛着もひとしおだ。その首都がどこか別のところに移ってしまうというのだから、落ち着かない。街には歴史がある。まして600年の首都についてはそうだ。外国人のぼくだが、ぜひ議論を尽くし慎重に決めてほしいものだ。

 それにしても首都移転の場合、新しい首都の名前はどうするのだろう。「ソウル」にはもともと首都の意味がある。とすると「セ(新)ソウル」になるのかしら。


  くろだ・かつひろ  1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。