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2006/11/10

<随筆>◇モメチョッタ(体によい)◇ ZOO・PLANNING 尹 陽子 社長

 以前、日本企業の韓国支社長だった知り合いの男性が、ソウルに赴任して「韓国には食文化がない」と感じたという。私はその発言を寂しく思う一方、韓国の食文化について勉強不足なおじさん発言を無視できず、韓国の食文化について、折に触れ考えるきっかけになった。

 確かに日本の食文化はわかりやすい。食器も含めた彩りの美しさ、季節感を大切に、旬の素材をていねいに調理して、懐石料理などは日本画のようにシンプルで美しい。世界中ではやっているお寿司は、生ものをあのひと口サイズにしたうえに、きれいな色合いで見た目にも楽しい。フレッシュだし、ヘルシーだし、いいことずくめでどんな人種にも受け入れられている。

 日本は島国なので、誰にも邪魔されない食文化を見事に築いたのだろうし、そもそも、お茶の淹れ方やお花の生け方に独自の作法や決まりごとを作って家元制度にまで昇華させてしまう文化の土台がある。

 ただし、世界中どこの国でも、どの人種でも独自の食文化があり、誰もそれを非難したり、ランク付けする権利はない。鯨を食べる文化も、犬を食べる文化も、牛を食べる人たちに何か言われたくないのだ。日本ではあまり知られていないが、韓国も旬の材料を大切にし、食器を使い分け、青・赤・黄・白・黒の五方色の食材を取り入れた立派な食文化がある。

 そういう意味で、私はその男性の発言を寂しく思ったが、しかし、韓国の食文化を考えると、日本と大きく違うのは、健康への願望が食に直結しているということだ。それはもう韓国に行くたびに確信するし、自分や親戚を見ていても笑いたくなるぐらい「モメチョッタ(体によい)」が食ばかりでなく生活全般に浸透しているのである。食べるからには体によくなきゃだめなのだ、絶対に。

 最近は、大人気ドラマの「チャングムの誓い」を見てもそれを感じる。日本のみのもんたの番組で「たまねぎは血液をさらさらにする」という情報を見てたまねぎを食べなきゃ、と考えるおばさまたちは、韓国人の食へのこだわりから見れば、赤子のようである。レベルが違う。

 以前、雑誌で読んだ記事が忘れられない。WHO(世界保健機構)の調査結果だったと思うが、韓国人の野菜採取量は日本人の1・6倍で、循環器系の疾患は10分の1だそうである。その時は単にへぇーと豆知識を得た気分だったが、今考えれば、意思なくして体によい食事はありえない。食文化の中に、健康のレベルアップの項目ががっちり組み込まれていて、それはもう民族一丸となって奨励され、実行され続けているかのようだ。

 そこには見た目の美しさより、食器より、季節感よりも大切な「モメチョッタ」という概念があるような気がしてならない。それは世界に誇りたいぐらい立派な食文化なのだ。


  ユン・ヤンジャ 1958年、神奈川県生まれ。在日3世。和光大学経済学部卒。女性誌記者を経て、91年に広告・出版の企画会社「ZOO・PLANNING」設立。