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2006/09/08

<随筆>◇怪獣グエムルの子◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 この夏、韓国で大ヒットした怪獣映画「グエムル」は結構いいできで面白かった。「グエムル」というのは日本語版のタイトルで原題の「怪物」の韓国語音なのだが、このタイトルも怪獣風でなかなかいい。現地に住んでいる日本人にとっては「怪獣」の発音は「クェムル」といった方が原語に近い。しかし濁点にして「グエムル」という方が迫力があっていい。

 この映画が面白かったのは、映画の舞台がソウルを流れている漢江で、しかもヨイド(汝矣島)にかかる西江大橋と元暁大橋の間の空間が主舞台になっていたからだ。というのもこのあたりは、漢江でのぼくの釣り(ルアー)のポイントなのだ。映画の主人公一家は漢江の河川敷公園で売店(キオスク)をやっているのだが、これもぼくの行きつけである。

 ちなみにこの二つの橋の間は釣り禁止区域になっている。しかし橋の下はかまわない。そしてこの橋の下がぼくのひそかなポイントになっているのである。これまでずいぶん釣果を上げさせてもらった。

 映画は、漢江沿いにある米軍基地から不法投棄された薬物が原因で“怪物”が生まれ、その怪物が売店一家の娘を連れ去ったことから、家族が力を合わせ怪物を探し出し、怪物と戦って娘を取り戻すというお話だ。当初は「反米メッセージか?」などと政治的関心も話題になっていたが、実際は反米はさして印象に残らない。人気の背景はやはり韓国人好みの家族愛であり、怪獣のできのよさだろう。何といっても映画は面白くなくっちゃあ。

 あえて政治的メッセージをさがせば、娘救出に政府も行政も頼りにならず、家族が孤軍奮闘、自分たちの手でやるしかなかったという、国家不信の“民衆史観”が背景にあるということになるだろうか。そして怪獣をやっつけるラストシーンで、怪獣退治の武器が何と火炎瓶(!)というあたりはその象徴であろう。

 ところで映画を見た友人によると、ぼくが映画に登場していたという。冒頭のシーンで西江大橋の近くで釣り人が“グエムル”の子を釣り上げ騒いでいる姿がそうだというのだ。しかしそんなはずはない。ぼくはあのポイントで怪獣を釣ったおぼえはない。数年前、男の水死体は釣っているが。おそらく友人の見間違いだろう。

 ところでどうしたことか、今年は漢江での釣果がよくない。とくに狙い目の“ソガリ”がまったく釣れないのだ。昨年は西江大橋の下で三尾も釣ったというのに。もうひとつのポイントである漢江鉄橋の下でもまだ一尾も釣れていない。“グエムル”がみんな食ってしまったのだろうか。

 ひょっとして“グエムル”が人間を食っていたのは、魚を食い尽くしたあげくなのかもしれない。とするとこれから漢江でのぼくの狙いは“グエムルの子”だな。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。