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2006/07/14

<随筆>◇起亜自動車タクシー 大活躍◇ 武村 一光 氏

 大宇グループが倒産し財閥として姿を消すと本紙記事で初めて知った。この先、大宇の自動車はどうなるのだろう、以前の起亜自動車の姿と一瞬重なった。

 1997年通貨危機のとき、一番大きく騒がれたのは起亜自動車の破産だった。傘下に日本企業も沢山あったから駐在の日本人は顔色を失ったものだ。この先一体どうなるのか、韓国の自動車産業はどうなるのかなど当時の通産省に訊きに行ったのを昨日のことのように今でも覚えている。

 いまになってみると起亜の自動車は堂々と街を走り回り、当時の苦渋の面影は全くない。企業や財閥の統併合の結果なのだろうが、こうして車が消えないどころか以前にも増して生き生き走っているのは喜ばしい限りだ。

 起亜の自動車でプライドという名車があった。小型車だったから大きいもの好きの韓国人には人気はいまひとつだったようだ。そのプライドの大群がタクシーとして大いに活躍しているのを目の当たりに見た。フィリピン第二の街・ダバオ市でのことだ。

 ここには鉄道がなくバスも走っていない。市民の足はタクシーとジプニーそしてシクロだ。ジプニーはトラックを改造して荷台を縦2列の座席を置いたものと思ってよい。一寸小型のものは軽トラックを同様に改造したものである。料金は15円、学生割引も備えている立派な公共乗り物だ。シクロはこれのオートバイ番、オートバイに客席を組み合わせて主に狭い道を走る、料金は10円。この他に自転車に座席を括りつけたものもある。料金はシクロと同じ10円だ。こぐ人の息づかいが伝わってくる正に人力車、よく利用して愉しんだ。

 街を走るタクシーのほとんどが起亜のプライドなのだ。トヨタや日産も見かけるがいたって少ない。そしてこのプライドは皆がみな年代もの、10年、20年あるいはもっと古いかも知れない。一説によるとそれどころかどこかで使い古したものを解体しダバオ市に持ち込んで再度組み合わせたともいう。

 常夏のフィリピンでクーラーなしのノン・エアコンと堂々と表示、窓を全開にしての自然空冷方式だ。クーラーだけではない。スピードメーターはなく、当然タコメーターなど全てのメーターが不備だった。下手をするとガソリン残量も表示されない。その割に料金メーターだけはしっかり作動した。その料金、日本と比べると10分の一の安さ、それだから市民の有力な足を果たしている。こんなポンコツになる前もよく働いたに違いない、乗っているとそんな働きっぷりが伝わってきた。

 この起亜のタクシーに、世界中で最も利用率の高い車の称号を与えられても良さそうだ。ついそんな気になった。

 大宇の車が今後どういう経緯を経るのだろうか。第2、第3の起亜プイライドになるか、それとも全く新しい道と歩むのか、今はまだ先が見えない。 


   たけむら・かずひこ 1938年東京生まれ。94年3月からソウル駐在、コーロン油化副社長などを歴任。98年4月帰国。日本石油洗剤取締役、タイタン石油化学(マレーシア)技術顧問を歴任。茨城県鹿嶋市在住。