ここから本文です

2007/05/11

<随筆>◇ボンゴチャの歴史◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国で近年、よく見かける料理にイイダコ料理がある。韓国人がもともと大好きな“ナクチ”つまりテナガダコのかわりにイイダコを使ったもので、これをタマネギなどの野菜とトウガラシで真っ赤にいためたのが人気だ。今やあちこちに専門店がある。季節に関係なく出てくるから、冷凍したのを年中使っているのだろう。

 韓国人がよくいう「オルクナンマッ」の料理である。スカッとした辛さで結構いける。日本人には激辛系の“ナクチポックム”よりこちらの方がいいかもしれない。ぼくもよくいただかせてもらっている。

 ところでイイダコのことを韓国語では“チュクミ”というから面白い。この単語を耳にするたびにぼくは笑ってしまう。どこか変なのだ。韓国語にしては妙に語感がおかしく、笑いが出てしまう。あれはもともと韓国語なのだろうか。日本語がなまってああなったような感じがしないでもないのだが、しかしイイダコを“チュクミ”となまるというのもおかしい。ぼくにとってナゾになっている。

 ただ韓国版イイダコ、つまり“チュクミ”料理ではひとつ問題がある。イイダコは頭にコメ粒のような卵が入っているので“イイ(飯)ダコ”というのだが、韓国ではこの“イイ(飯)”を取ってしまって料理をするので落ち着かない。“イイ(飯)”がないとイメージが出ないではないか。

 ここでは「えっ?」という感じの韓国語との出会いについて書こうとしているのだが、先日、江原道の渓流に釣りに出かけ、地元で車を手配したときの「コルベン」にも一瞬「何じゃ?」と首をかしげた。そのうち「コールバン」とわかった。つまり「バン」を使った「コールタクシー」というわけだった。

 電話で「車種は?」と聞くと「起亜(キア)のカーニバル」という。料金も安く車もよく、なかなか親切な運転手で楽しい一日をすごせた。

 そこで思い出したのだが、韓国では昔からバンのことを「ボンゴチャ」と言ってきた。今でもそういう人は多い。これは日本のマツダと長く提携してきた起亜自動車が、マツダの“ボンゴ”をモデルに生産して売り出しヒット商品になったからだ。以来韓国では‘ボンゴチャ“はバンの代名詞になった。

 あるメーカーの商品名が一般名詞として定着する例はよくある。この“ボンゴチャ”もそのひとつだ。ちなみに“チャ”は車のことをいう。

 起亜には「キア・マスター」という軽トラックもあった。これもよく売れた。しかしこの名前の由来は「キア・マツダ」である。韓国人は「ツ」の発音に弱い。そこで言いやすいように「ス」に変えてMAZDA→MASTERにしたのだ。

 起亜は現在、現代自動車の傘下に入っている。今や世界に進出している韓国の自動車産業はこのようにして発展してきた。もって銘すべきである。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。