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2007/02/16

<随筆>◇ビンオ・ナクシ◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 釣りは嫌いではないが最近遠ざかっていた。昔、広島に住んでいた頃は瀬戸内海に小船を浮かべてハゼやキス釣りに精を出した頃もあるが、今思えば釣りを楽しむより釣った獲物を食べるのが楽しかったようだ。実際、瀬戸内海の小魚は美味かった。ハゼやキスは天ぷらに、オコゼはから揚げ、メバルは煮付け。中でも小イワシの刺身は絶品。考えるだけでよだれが出てくる。

 というわけで小魚に大いなる愛着を抱きながら機会がないまま年を重ねたが、先日、遂にその機会がやって来た。当地の日本人会釣りクラブによるビンオ・ナクシ(ワカサギ釣り)計画を釣り名人の知人より聞いて即申し込んだ。

 当日は早朝6時出発のチャーターバスに揺られること3時間、北朝鮮との国境に近い江原道・麟蹄にあるソヨン湖に到着した。暖冬でちゃんと凍っているかどうかマジで心配したが、幸いにも湖面はカチカチ。しかも横なぐりの雪で寒い寒い。早速、現地のおじさんが移動式の電動スクリューみたいな機械で30㌢程度の穴をドンドン開けてゆく。氷の厚さは15㌢ぐらいで心なしか薄いような気もしたが誰も気にしない。

 幹事さんが用意してくれた釣り道具には小さい針が6個。餌の「さし」は数㍉の白い幼虫だが、針も餌も極小の上に寒さで手がかじかんで餌をつけるのに苦労しながら、ようやく準備完了。後は入れ食いを待つばかり。事務局ではすでに天ぷらの用意も出来ている。

 ところが世の中、思い通りには行かないもの。入れ食いどころか待てど暮らせど手応えなし。小生だけでなく回りの名人たちも手持ち無沙汰にしている。横なぐりの雪が一層強くなってきて、竿を持つ手が凍てつきそう。眼鏡は雪を被って視界ゼロ。大変なことになって来た。

 10分、20分、30分経過。「やった!」。何と家族連れの子供が最初の一匹を釣り上げたのだ。釣り人たちに複雑なため息が漏れた。しばらく沈黙が続いた後、何人かが断続的に釣り上げたが小生の竿には音沙汰なし。「坊主」。イヤーな予感が脳裏を掠める。でも神は見捨てなかった。待つこと約1時間、餌でも代えようかと糸を手繰ったら小さいのが一匹かかっているではないか。それも口ではなく背びれに。「よかったー」。5㌢足らずの可愛いビンオが天使のように思えた。思わず抱きしめたくなった。

 「さあ、これから釣るぞ」意気込んだ途端、「ウーウー」サイレンの音と共に、黄色いチョッキの警官が数名、走って来た。「ここは危険地域につき即刻止めて下さーい」。これからという時に止めるわけには行かない。みんな聞こえないふりをして続けていると、「事故が起こったら私らの責任になりまーす」。日本人のためか比較的丁重な言い方。「パブ、モンモゴヨ(オマンマの食い上げになるよ)」

 ユーモアたっぷりの説得にみんな渋々竿を置いた。私の可愛い天使はどこに…。無情な釣り人によって他の仲間と一緒に天ぷらにされていた。美味そう!


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。