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2008/01/25

<随筆>◇ボイス・フィッシング◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 昨年は公私共に厳しい年であった。まず初詣のおみくじで生まれて初めて「凶」を引いてしまったが、それから苦難の1年が始まった。体調を崩し、ゴルフは大たたき、アガシには逃げられっぱなし。仕事でも苦労した。

 そして迎えた新年にリベンジと意気込んで同じ神社で挑戦したが、またしても凶を引いてしまった。でも今年は動揺しない。友人から「境内の木の枝に利き腕の反対の手で結んでおけば凶から逃れられる」と聞いていたからだ。苦労しながら左手1本で結び終えて再度挑戦したら、また凶ちゃんが出た。さすがに動揺を隠し切れず、震える左手でもう1度結びつけた後、同行者の勧めで再挑戦してやっと「吉」が出た。今度は両手でしっかりと結びながら、ちょっと後ろめたい気持ちで神様に感謝した。

 「こちらは検察庁ですが、一次出頭に来なかったので、〇月〇日午後14時30分開始の二次出頭には必ず来て下さい。場所はソウル検察庁…」。

 ソウルに戻って溜まっていた留守番電話を何気なく聞いて驚いた。音声が悪く、小生の韓国語能力では不明な点もあるが、紛れもなく検察庁からの出頭命令である。途端に頭が真っ白になった。

 「いよいよ来たか。これで俺の人生も終わりか。やはり、おみくじ3回がまずかったかな」

 しかし出頭の理由が分からない。確かにこれまで清く正しく生きて来たとは言えないが、でも法律には触れていない…はずだが。先日、タクシーの中で運転手の行政批判につい賛同したのがいけなかったかな?それとも酔った勢いでカラオケのアガシに触りすぎたのが悪かったかな?それともアレがばれたかな?それとも…必死に過去に犯した悪事を想い起こしてみるが、いずれも検察庁への出頭に繋がる事件とはどうしても思えない。

 心配で眠れぬ夜を過ごした翌日、会社の物知りオジサンに相談すると、「最近多いんですよ。ボイス・フィッシングと言って一種の詐欺ですよ。捨て置きなさい」。なーんだ、そうか。「振り込め詐欺」の韓国版か。そう言えば聞き取りにくいがメッセージの最後で「質問があれば9番を押してください」と言っている。もし9番を押すと、「出頭を免れるためにはいくら送金しなさい」とうまく誘導されるらしい。他にもいろんな形でのボイス・フィッシングがあり、被害者も少なくないという。

 というわけで指定日時には出頭しなかったが、その後どこからも何も言ってこない。やはり吉の力は大きい。留守番電話に新しいメッセージがいくつか入っていた。「貴方の電話料62万ウォンが未払いです」「〇〇百貨店での貴方の買い物代金198万ウォンのカード決済ができません」「貴方の…」。かよわい私を何で狙い撃ちするの?


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。