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2010/11/19

<随筆>◇アジュンマの裏ワザ◇ 韓国TASETO 大西 憲一 専務理事

 22年ぶりに釜山に戻ってから早や1年になる。風光明媚なリゾート・広安里(クァンアンリ)ビーチのアパートから町工場が密集した沙上(ササン)区の会社まで、釜山を東から西に横切る約1時間の地下鉄通勤にもすっかり慣れた。

 沙上駅から事務所までは徒歩15分の距離で運動不足解消には最適。ただ、歩道にまではみ出るようにひしめいている町工場の中を通り抜ける時は今でも苦労する。金属片をグラインダーで削る火花が足元に飛んでくるし、ゴムホースを接着する時の異臭が容赦なく襲ってくる。

 先日はかなりのスピードで走ってくるフォークリフトに危うく串刺しにされるところだった。怒号と掛け声も絶え間ない。

 町工場に隣接している「釜山産業用品流通商街」通称「工具商街」は2万5千坪の広大な敷地に1300社以上の機械工具卸売商が入っていて必要なモノは何でもある。最近は観光都市で名を売っている釜山だが、工業都市の側面はしっかりと残っている。

 この街に来て気づいたのは意外とアジュンマ(中年の女性)が少ないことだ。市場や屋台はアジュンマの世界だが、ここは汗と油にまみれた男の街だ。韓国経済を引っ張っている華やかな財閥企業の陰で、底辺を支えている男どもの街だ。遅くまで暗い照明の下で汗を流している職人を見ると、思わず「スゴハセヨ(ご苦労様)」と声が出る。

 でも、時折見かけるアジュンマは、やはり元気いっぱいである。先日、地下鉄で帰宅中のことだが、高校生くらいの若者が3人、乱暴に足を投げ出して座っていた。

 そこに現れたのは典型的な韓国アジュンマ。逞しく日焼けした顔とパーマ頭。ちょっと足が悪いようだが、それでも太った体を揺すりながら乗り込むと同時に座席に突進したが、生憎、空席はない。すぐに若者を見つけてニンマリしたが、当然、席を譲ってくれると思っていた彼らはタヌキ寝入りを決め込んでいる。

 儒教の国・韓国も最近の若者のマナーはすっかり変わった。生活水準が上がるにつれ、公衆マナーは下がると言う話を実感している。でもアジュンマはあきらめない。若者の前で「ピゴネー(疲れたー)」と連発しながら、オーバーによろける演技は中々のモノ。しかし不敵な若者は動じない。遂に意を決したアジュンマは連中の目の前の床に持っていたカバンを投げ出して、その上にドッカと座り込んだ。

 これにはさすがの今時の若者も白旗を掲げて、真ん中の一人が渋々と席を立った。「コマウォヨ」。凄い裏技を見せたアジュンマは勝ち誇った顔でニッコリ。役者が一枚上だった。アジュンマに目をつけられないように隣で寝た振りをしながら薄目で一部始終を見ていた男も一安心。私でした。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。