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2011/04/15

<随筆>◇韓国の新造語「オッパ」◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 最近、韓国映画などを観ながら通訳や翻訳でオッパという言葉が日本語で個人名になっているのに気が付いた。韓国の映画やテレビなどでよく出る「オッパ」という言葉が気になってしょうがない。韓国では親族名称が赤の他人にも広く使われている。おじいさん、おばあさん、姉さん、兄さんなどがよく使われている。他人であっても兄などという場合があり、私さえ混同する時があり、日本人にとっては誤解しやすい。

 特に混同しやすいのがオッパである。妹から兄を呼ぶオッパが社会へ拡大して学校や社会の先輩をオッパと呼び、恋人をオッパと呼ぶ。

 オッパという言葉は妹が兄を呼ぶ名称と呼称であるが、一般的に女性が男性をよぶ呼称になっている。日本に住んでいて韓国語の変化の激しさが感ずることばのひとつである。

 兄を弟が呼ぶ時はヒョン(兄)といい、妹からはオッパ(兄)という。日本語では兄弟関係で年齢の上下の区別はあっても兄は兄さんと呼んでいるが、韓国語では性別の区別があって妹から兄へはオッパとなるのである。英語では年齢の区別もなく性別だけの区別があり、ブラザーとシスターしかない。

 つまり韓国語では性別と年齢別を同時に含む呼称、名称となる。このような親族名称には日韓の家族や社会の違いがよく現れている。

 家族の中で兄弟は家族、兄弟、異性の原初的な関係でもあり、そのタブーを守ることが家族を成り立たせているからである。世界的に広く語られている有名な洪水神話がある。洪水で地球が滅びて兄と妹だけが生き残って人類の祖先になったという。聖書にも兄弟関係のアダムとイブには守るべきタブーがあったのにそれを破ったのが人間の原罪であると解釈されている。沖縄には妹の生霊が兄を危険な状況から守るという信仰がある。

 李朝時代には「男女七歳不同席」(男女は七歳になったら一緒に座らないように)の性的回避習慣を尊重してきた。「オッパ」という言葉は、異性の男女(恋人)が一緒に行動するのが不自然だという韓国社会の「男女七歳不同席」の儒教倫理が生きていることと関連するだろう。おそらく恋人同士が行動する時、兄妹であると言う事によって冷たい視線から逃れられることから生じた現象であろう。それでオッパという呼称を使うことになったのであろう。

 身近な例として韓国の大学生は在学中に休学し兵役を過ごして復学した年上のクラスメートが多い。兵役のない女子学生が年上の学生にはネームタブー(目上の人の名前は呼べないという)があり、名前を呼ぶことには抵抗があり、親しさをもつ親族名称のオッパ(兄さん)と呼んでいる。多くの人は結婚しても依然と夫をオッパと呼ぶことがあり、家族の中でも親族名称が非常に複雑になっている。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、文化広報部文化財常勤専門委員、慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。